永遠のゆく先へ #22「ハンマーと釘」 リカが手に取った被検体一覧には、トワそっくりの顔写真が大量にリストされていた。 「と、トワっち!?」カナタは驚愕する。 「ああ、瓜二つだ」リカはそう言い切る。 だがカナタは神妙な顔をしてリストを見直す。 「ん、でもちょっと待って。このAH-521-02ってのは何か輪郭が違う気がする」 「そんなところまでわかるのか?」とリカ。 「当然! 毎日見てるからね」得意げなカナタ。 「というかそれ以前に、何か幼いような……」リカは訝しむ。 そのやり取りの間、マリはずっと、ある記憶が頭の中を支配していた。 顔写真の下には、識別番号らしき文字列、「Female 6m(B12y)」そして「クローン」と書かれている。 「あいつ……クローンだったってことか?」リカは眉間に皺を寄せた。 「じゃあ、さっきからあたしたちを追いかけてきてるのも……?」カナタは青ざめている。 リカはもう一つの文字列を見て言った。「この『オリジナル:SH-0』ってのはなんなんだろうか……?」 「……ねぇ」 マリが話をさえぎって、口を開く。 「どうした?」 リカとカナタは同時にマリの目を見る。マリは緊張する。 「あの……さ。この前、地下の研究室……ここじゃない方の研究室で、あの黒い人たちと戦ったときさ」 マリは確かに見たのだ。 「ワンの顔……トワにそっくりだった」 カナタとリカはぽかんとする。 「えっ……と……」マリは視線を泳がせる。 「ほ、ホントか!?」リカは言った。 「あたし、全然見えてなかったよ~」カナタも苦笑いする。 「……しかし、もっと早く言ってくれればよかったのに」リカは何げなくつぶやいた。 「そ……それは……嫌な気持ちになるかなって思って」 「誰が?」とカナタ。 「か、か、カナタちゃんが」 「はー、そんなこと、気にしなくていいんだよ。誰もマリりんがトワっちを疑ってるなんて思わないよ」 カナタはマリの肩に手をぽんと置いた。マリはひとつ、安心した。 「ワンとトワが同じ見た目……クローン実験……なんとなく、見えてきたような」 リカは分析する。「失敗作があれば、成功もあるだろう。それがあいつなのか」 「ワンはここの出身なの?」とカナタ。 「恐らく。いつも邪魔してくる三羽烏はここのエージェントみたいなものだろうし」 リカはそこまで言って、再び調子を落とす。 「しかし、問題はここからだ。結局あいつを見つける手がかりは何も得られてない。SH-0とかいうのが何なのかも分からんし……」 そう言ってリカはプリントをめくる。 Date: Nov. 24 14:15 From: 財務部資材管理課`` To: 第4被検体管理室`` Subject: 備品の適正使用に関する連絡 Message: 第4区画の手袋の消費ペースについて確認させてください。昨日そちらの管理室で50枚入りの箱を補充したばかりですが、今朝の確認時点で既に空となっておりました。作業手順書に沿った適正な管理・使用がなされているか、再度確認をお願いできますでしょうか。なお、備品の浪費や私的利用は重大な違反行為であることをご承知おきください。 Date: Nov. 24 15:01 From: 第4被検体管理室`` To: 財務部資材管理課`` Subject: Re: 備品の適正使用に関する連絡 Message: ご連絡ありがとうございます。手袋の件ですが、昨日から今朝にかけて持ち出したのは通常業務分の4枚のみです。特に心当たりがなく困惑しております。申し訳ございません。 Date: Nov. 24 15:32 From: 財務部資材管理課`` To: 第4被検体管理室`` CC: 第1被検体管理室`, 第2被検体管理室, 第3被検体管理室` Subject: Re: Re: 備品の適正使用に関する連絡 Message: ご返答ありがとうございます。心当たりがないとのこと、承知いたしました。念のため、他区画の管理室にも確認いたします。第1、第2、第3被検体管理室の担当者様、この件に関して何かご存知でしたらお教えいただけますでしょうか。 Date: Nov. 24 16:50 From: 第3被検体管理室`` To: 財務部資材管理課`` CC: 第1被検体管理室`, 第2被検体管理室, 第4被検体管理室` Subject: Re: Re: Re: 備品の適正使用に関する連絡 Message: 第3区画担当のシュミットです。実は当区画でも、ここ数日手袋やゴムシールドの過剰利用と疑われる事案があったのですが、関係者への聞き取りや監視カメラなどに不審な点はなく、不思議に思っていたところでした。 Date: Nov. 24 17:17 From: 財務部資材管理課`` To: 第3被検体管理室`, 第4被検体管理室` CC: 第1被検体管理室`, 第2被検体管理室` Subject: Re4: 備品の適正使用に関する連絡 Message: 第3区画でも同様であるとのこと、了解いたしました。クローンによるリアクターが実用化されたばかりではありますが、こういった状態が続くと運営に支障が出ますので、念の為、備品の使用規則について再度ご確認いただきますよう何卒よろしくお願いいたします。手袋の再手配は本日深夜の定期点検までに行わせていただきます。 Date: Nov. 25 10:54 From: 第4被検体管理室`` To: 中央監視センター`` Subject: 【相談】試料室のサンプル紛失について Message: 第4管理室担当のミュラーです。本日未明、試料室が荒らされ、保管されていた生体サンプルがいくつか消失しているのを発見いたしました。念のためドアの開閉ログを確認したのですが、私が最後に確認してから一度もドアは開閉されていませんでした。通路だけでなく、試料室にも監視カメラを設置するなど、早急な対策をご検討いただけないでしょうか。 Date: Nov. 25 13:21 From: 中央監視センター`` To:第4被検体管理室`` Subject: 【相談】試料室のサンプル紛失について Message: ご連絡ありがとうございます。こちらの方でも侵入者、脱走者、離反者がないか確認しましたが、該当の時間帯にそのような記録はありませんでした。対策については検討いたしますので、少々お待ちください。 その最後には、乱れた手書きで、恐ろしいことが書かれてあった。 終わりだ。 処分役の収容房が内側から破壊された。あんなに一箇所に詰め込めば、そうなるだろう。 この前の試料室のインシデントも、1片のサンプルから全身が再生して起こしたことらしい。 あいつらの膂力・スタミナ・再生力は人間のそれではない。文字通り遺伝子が違うのだ。 外ではあの少女のコピーがわんさか蠢いている。男の悲鳴が聞こえた。聞き覚えのある声だ。前に実験に立ち会った気がする。ここももうじき見つかる。これは間違いなくナル史上最大のインシデントだ。 妻や子供に誇れる人生だったかと言われれば、そんなことはないだろう。なにせ自ら彼らを捨てたのだから。それに最後まで無能な作業員のままだった。インシデントの兆候をみすみす見逃したのだから。 それでも、科学を0.1歩でも進歩させられたなら、私の生きた意味はあったといえるだろう。 初めてカブトムシを羽化させた時から、わたしのこころはかがくにささげら 「まさか……」 マリは荒れ果てた部屋の床を見る。やはり、黒く大きなシミの周囲に、細かくなった人骨と思わしき骨が転がっていた。 カナタは言った。 「もしかして私たち、とんでもなく大きなことに巻き込まれてるんじゃ……」 そのとき。 ドン! ドン! ドン! 管理室のドアが乱暴に叩かれる。「うーっ……」という苦しそうなうめき声が聞こえる。 「マジか……! まずい、ここは狭いし、入られたら終わりだ」 ゴン! ゴン! バリッ! 「どうしよう!」カナタは叫ぶ。 「クソっ……何か……何かないのか!」 リカは部屋を見回す。何もない。 ミシッ……ギギギ……。 「あ〜〜〜もう!!!」 リカは、自らが手に持っているエオナイト結晶を見た。 「どうするの!?」カナタはせめてもの抵抗にと、ドアを抑えた。 「……今まで、エレメントの周りでは生き物じゃないはずのものが生きて、何もないところから歌声が聞こえて、社会を持たないはずのものが社会を持った。秩序なき場所に秩序を与える。それがエレメントの力なんだ」 リカは続ける。「あいつがエレメントを回収したら、その秩序は消えた」 「なら逆に、エレメントを解き放ったら?」 「でも、どうやって……?」とカナタ。 リカはとっさに、近くに落ちていたハンマーを拾い上げる。 「ぶっ壊すしかない」 リカは、エオナイトを机に乗せて叩く。 ギギギギギ……。ミシミシ……。ドン! ドン! 扉の軋む音と、リカが叩く音が交互に鳴り響き、室内はあまりにうるさい。 マリは、ただ棒立ちで見ていることしかできなかった。 ドン、ドスッ! 「イッ……たぁ」 リカはエオナイトを押さえている指を叩いてしまい、悶絶する。 「クソッ……硬すぎる。こいつを壊すことさえできれば……」 リカは再びエオナイトを叩きつける。 「あっ……ねぇ……」 マリは話しかけようとするが、とりつく島もない。 「待てよ……」 リカは闇雲に叩くのをやめ、考えた。 「結晶には割れやすい向きがある。それを利用すれば……」 リカは、結晶の辺を下にしたり、角を叩いたりなど、さまざまな向きを試した。 「あるいは……」 リカは計器の外れかけた釘をハンマーで無理やり外した。エオナイト階段状の中心部に対して釘をあてがい、ハンマーを叩きつける。 「これしか……ない……これで……壊……れろ……!!」 ガン!!! エオナイト結晶が割れた。 一瞬、赤い光が辺りを包む。 ……そして、何も起こらなかった。 「……」 リカは息を切らし、待つ。やはり、何も起こらない。 「な……」リカは机に両手をつく。「なぜ、なぜだ……」 バァアァァン!!! その時、部屋の扉が破られた。 「うぎャッ!!?」抑えていたカナタは、扉ごと吹き飛ばされる。 ただ立ち尽くしていたマリは、そこに現れた者と目が合う。 そこには、マリたちと同じ服を着た、トワに似た顔をした女性がいた。心なしか少し年上に見える。腕や足は傷跡や痣だらけで、額には火傷の跡がある。両手にはチェーンソーを持っていて、その刃は血まみれだった。 一瞬身構えた3人の目の前には、壊れた扉の上に、全身が腐った別の人型生物がいた。 「……えっと……」カナタが冷や汗をかきながら話しかける。 「……大丈夫ですか……」女性はそう口にした。 とある収容房。その中は、周りの様子が嘘のように清潔が保たれている。臭いは完全になくなってはいなかったが、外よりずいぶんましだ。「彼女」がどこからか持ってきたのか、デザインがバラバラのクッションが床に敷き詰められている。 「トワっちじゃないみたいですけど、あなたは一体、どちら様なんでしょうか……?」クッションに座りつつ、カナタは尋ねる。 「私は ただの 失敗作 名前もない それでも 知っている限りのことを 貴方がたに教える程度の 理性は 残っている つもりです……」 「それじゃあ……」リカが言った。「あの結晶は一体何なんですか? やたら硬いし、エレメントが入ってるかと思ったら、何も起きないし。そもそもエレメントがよくわからないんですが」 初っ端から大量の疑問をぶつけるリカ。 女性は静かに答える。 「結晶は 秩序を生み出す 魔法 中にあるのは 結節点 それは 私たちを生かす恵み 同時に 私たちを苦しめる呪い……」 カナタが小声でリカに耳打ちする。 「ねぇ……何言ってるか全然わかんないよこの人」 「文句言うなよ、話せるだけいいだろ」 リカは再び問う。「それで、なぜ今は秩序を生み出さなかったのですか?」 すると女性は、左腕をまくりながら答えた。 「すべては 逆 なのです 彼女が 結節点を 見つける のではない 彼女が それを 紡ぎ出すのです」 女性は胸に手を当て、続ける。 「結節点は 可能性を漂う猫 結晶は それを 閉じ込める檻……けれど 唯一 見出し 抱き留められるのが 彼女……私たち すべての 幹」 「逆……か……」リカは考える。「そうか」 リカはついに合点がいったように言った。 「今まで、トワが古今東西に元からあるエレメントを見つけるんだと思ってた。でも、逆だったんだ。トワこそがエレメントをこの世に生み出していたんだ」 「そうだったの!?」カナタは目を丸くした。 「エレメントは本来、どこにあるとも言えない、とても曖昧な状態なんだ。失踪してたときのあいつ自身みたいに。その曖昧なエレメントを閉じ込めておけるのが、エオナイト結晶なんだ。エレメントの力は、やはり秩序なきところに秩序を与える力……実験室で見たみたいに、エオナイトを刺激すればその力を使うことができる」 リカは女性をちらと見た。女性はうなずいた。 「でも、エオナイトは単なる器にすぎない。それをぶっ壊しても、中のエレメントは元の曖昧に戻るだけだ。その曖昧なエレメントを観測……確定させておくことができるのは、あいつだけなんだ。あいつはエレメントを生み出して回収するまでの間、おそらくは無意識の間にエレメントをそこに留め置いた。そのエレメントが周囲に異常な秩序を与えた結果が、あのケイ素生物や知性恐竜たちだ。あいつがいなければ、それは生み出せないんだ」 リカは、真っ赤になった指と手のひらを見る。「何とかしてエオナイトを使うことに囚われて……本質が見えてなかった」 「あなたは、それをどこで?」カナタが尋ねる。 「ここで 長く すごしていれば 自ずと 見えてくる……墓標として 遺されて いるから」 「トワっちのことは、どこまで知ってるんですか?」 「何も……ただ 私たち すべての 根源……母 そして姉……」 マリは問う。「な、なぜ、私たちを助けてくれたんですか……?」 すると女性は、神妙な表情で答えた。 「今 彼女に 危機が 迫っている……私たちの ひとり……爆発を 起こした 者……強い 恨みを 抱いている……」 リカは尋ねる。「それって……ワンのことですか!?」 「そう呼ぶこともある……彼女の 真の名は……」 フィーネ。 「彼女は そう名乗った……」 女性は続ける。「私の 役目……姉妹たちを まとめる……暴れる者は 眠らせなければ……」 「それは、誰かの命令ですか?」とリカ。 「天からの使命……かもしれない……あるいは、この心に湧き上がるもの 博士の意志では……ない」 「『博士』って誰なんですか?」リカは重ねて尋ねる。 「遥か昔の記憶 すべては 思い出せない……」 すると、女性は立ち上がり、房の一角にある袋から何かを取り出した。それは、エクステンダーの子機3つ。 「おおっ!!」カナタは興奮する。 「私は 非力……彼女を 助けて……」 女性はひとりひとりにエクステンダーを渡す。 「やっぱこれがないとね」カナタが装着する。 「そんなお馴染みってわけでもないだろ……」ツッコミながらも、リカも耳に着けた。 マリは、エクステンダーを手のひらに乗せ、見つめる。 ついに、これを本格的に使うときが来た。 女性は後ろを向き、右腕で外を指さす。 「ここから先 少し行ったところに 穴がある……そこから すぐに 最果てが ある……そこに 彼女は いる」 「ありがとうございます!」カナタは元気な声で感謝した。 「じゃあ、行こうか」リカは扉へと向かう。 「待って」カナタは、女性に問いかける。「あなたは、ここでいいんですか……?」 女性は後ろを向いたまま、何かをごそごそしながら答えた。 「私は ただの 失敗作……外では 生きられない……せめて つつましく 生きるだけ……」 そして彼女は振り返る。彼女の腕からは点滴のような管が伸び、その一端は、この階のどこかから持ってきたのであろう透析器のような機械に繋がっていた。その管の中には、見たこともない緑色の液体が流れていた。 「……」カナタは名残惜しそうだったが、やがて決心がついたようだ。 「……お元気で!」 3人は彼女の言うとおりに進むと、床にぽっかりと空いた穴を見つけた。下の階の廊下が見える。他の階とは少しデザインが違うようだ。 「飛び込むよ」 カナタが下に飛び降りる。続いてリカ、最後にマリ……は少しバランスを崩してしまったが、2人に受け止められ、着地。 目の前には体育館にあるような大きな扉があった。 「ここに……トワっちが」 3人は、協力して扉を押し開ける。するとその隙間から、濃い煙が湧き出してくる。 煙の奥にかすかに見えるのは、体育館みたいな作りの、広大な部屋。 「ゴホッ、ゴホッ」3人は一斉にせき込む。 煙がやむと、そこには武装した部隊が何百人も床に転がっている。交戦した後のようだ。 正面奥の壁には、パイプオルガンのように巨大な機械があった。そしてその前に、緑色で半透明のバリアに囲まれ、眠っているトワがいた。 「トワっち!!」 カナタは叫びながら駆け寄る。数メートルまで近づいたところでトワは目を覚ます。 「か、カナタ……さん……?」 「トワっち!! 助けに来たよ!!」 しかし、トワの目は怯えている。 「ダメです……ここに来たら……」 すると、館内全体をすさまじい衝撃波が襲った。 「うわあああっ!!」3人は吹っ飛ばされ、それぞれ適当な方向の壁に叩きつけられる。衝撃はトワの力でやわらげられたが、それでも相当なものだ。 「出たな……」 リカが睨む先は、館内中央。宙を浮遊しながらゆっくりと降下してくる、白い強化スーツをまとった人影。 〈お前たち……ここまで来たのか〉 彼女は振り向いた。頭部はヘルメットだが、顔部分は透明でよく見える。マリもよく見覚えがある。まだ幼い少女で、トワと瓜二つのあの顔。 少女は、不敵に笑った。 「友達ごっこは……終わりにしましょう?」 (続く) ---------------------------------------- - タイトル: 永遠のゆく先へ #22「ハンマーと釘」 - 著者: 千本槍みなも@ナタクラゲ - 作成年: 2026 - URL: https://blog.natakurage.cc/articles/towasaki-022 - ライセンス: CC BY-SA 4.0