【超解釈・古事記】フルコト #1 岩戸隠れの謎

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    千本槍みなも@ナタクラゲ
    4343文字9分で読めます

    ※本シリーズは、解釈ということで、本来歴史書としての性質のある古事記(神代)を、その本質をすべて度外視し、分解・再構築の末、現代的な一つの物語として再解釈するものです。そのため、意図的に原典・一般的解釈とは異なる解釈や出来事、精神を取り入れている場合があります。


    ここは、神と人とが住む世界。地上では、たくさんの人と神たちが命を繋いでいます。そして、はるか空を見上げれば、雲の上のそのまた上に、神たちの住む国がありました。

    これを高天原といいます。

    高天原の絶対的なトップは、太陽の力で高天原も地上も照らすアマテラス。昼に空が明るく輝き続けるのは、彼女が起きているおかげなのです。

    しかし、今日は何か様子がおかしいようです。

    まだ朝だというのに、空が闇に閉ざされてしまいました。

    いち早く事態に気づいたのは、夜の国の王、ツクヨミでした。彼はアマテラスを姉に持っていました。それから、八百万の神たちがツクヨミのもとに集まってきたのです。

    ツクヨミは、何が起きたのかを確かめるため、アマテラスの宮殿を訪ねました。しかし、何度呼んでもアマテラスは出てきません。

    そこに、老神がやってきました。知の巨人、オモイカネです。普段はアマテラスの政治の補佐をやっているのですが、どういうことでしょう。

    ツクヨミは尋ねます。「これはいったい何が起きているのですか?」

    「実は、アマテラス様が、岩戸に隠れてしまったのです。岩戸は、高天原で一番腕力の強いアメノタヂカラオでさえ、開けることはできないのです」

    「そんなことが……何とかならないのですか?」

    地上を見下ろせば、既に魑魅魍魎が渦巻きはじめていました。

    「我々も指をくわえて待っているわけにはいきません。これから神々を集めて、作戦会議を開こうというところです」

    ツクヨミは、なぜこんなことになったのか気になって尋ねました。「一体何があって姉さんが隠れるようなことが起きたのですか」

    するとオモイカネは答えました。

    「実は……葦原中国から、スサノオ殿がやってきたのです」

    「スサノオが?」

    スサノオはアマテラスとツクヨミの弟です。

    「彼が暴れまわって……高天原中を荒らし回ったのです。死人まで出てしまいました。それからアマテラス様がそれに対処しようとして、……特に何もしないまま帰ってきてしまったようなのです。それから気づいたら岩戸の中に……」

    ツクヨミはもっといろいろなことを聞こうとしましたが、オモイカネは「すぐに会議を開く必要がある」と、どこかに行ってしました。

    そこで、暴れまわっているスサノオ本人の話を聞くことにしました。暴れぶりがあまりに激しいので、建物を壊して回っているスサノオを見つけるのは容易でした。

    「スサノオ!!」

    ツクヨミが叫ぶと、スサノオはその場で止まりました。スサノオは崩れた建物のてっぺんにいました。

    スサノオはツクヨミに気づきました。「ツクヨミ、何でここにいるんだ?」
    「スサノオこそ、何でこんなことしてるんだ!?」

    問うと、スサノオは恨みがましい声で言いました。「お前と姉ちゃんが隠し事をするからだろ」

    ツクヨミには心当たりはありません。「僕は何も隠してないよ。兄弟の間に隠し事なんて無しだろ」

    しかしスサノオは食い下がります。「でも姉ちゃんは違う。そして、あいつも……イザナギも」

    「父さん? なんで父さんが出てくるんだ? 父さんだったらもう……」

    言いかけたところでスサノオは言います。「あいつは俺を海に沈めたんだ」

    「……父さんが? 父さんがそんなことするはずないだろ」「いいやされた。それにあいつは今……」

    ツクヨミは警告します。「とにかく、こんなところで暴れてたら、相応の罰を喰らうことになるよ」

    すると、スサノオはこう返しました。「姉ちゃんが俺を殺せるはずないだろ」

    急に死罪の話が出たので、ツクヨミは驚きます。「殺すって……そんなことまで言ってないだろ」

    「姉ちゃんはな、俺を殺しに来たんだよ」

    スサノオのその一言に、ツクヨミは衝撃を受けました。確かに、死人が出ている以上、あり得ない話ではないかもしれない。しかし、全権を握るアマテラスが、自ら実の弟を殺しに来るというのは、少し考えにくい話ではないのか、と思ったのです。

    しかし、スサノオは実際ここに生きています。彼は言いました。「……結局殺せなかったけどな。だって本心じゃないから」

    「本心じゃないって……誰かの命令ってこと?」アマテラスは高天原の最高権力者です。少なくともツクヨミの認識では。

    スサノオは言いました。「ツクヨミ、それは建前ってもんさ。お前がそんなんだから、俺が分からせてやるしかないんだよ」

    スサノオはそういってまた暴れ出し、どこかに消えていきました。
    「スサノオ!!!」その叫びも届きません。

    ツクヨミはこれまでの状況を整理しました。スサノオが高天原にやってきて、アマテラスが彼を殺しに来た。しかし実際には殺さず、天岩戸に逃げ隠れた。

    アマテラスがスサノオを殺しに行ったのは、アマテラス自身の意志じゃなく、誰かの命令……アマテラスに命令できる存在がいるとすれば?

    高天原では、神力が絶対。史上最も神力が強いとされているのは、天地開闢とともに現れたとされるアメノミナカヌシ、タカミムスビ、そしてカミムスビ。だが彼らは「誕生してすぐに隠れた」。その姿を見たことのある者は誰もいないし、伝説上の架空の存在だというのが定説です。次点では別天津神のウマシアシカビヒコヂ、アメノトコタチ、後は神代六代の神たち。だが、彼らも今はどこにもいないのです。

    あるいは……。

    ツクヨミは再びアマテラスの宮殿に向かいました。そこには、会議室に一人たたずむオモイカネの姿がありました。

    ツクヨミはオモイカネを見るなり言いました。「……今回の件、何か知っているのでは?」

    しかしオモイカネは「おや、また会いましたね」と一言。

    「……とぼけているのですか? スサノオに会いましたよ」

    するとオモイカネは一瞬苦そうな表情を見せました。

    ツクヨミは続けます。「誰かが姉さんに、スサノオを殺すよう命令したんですね」

    「はて、何のことかと」

    「……いつか後悔しますよ」
    ツクヨミはそう言い残し、その場を後にしました。


    僕たちは物心ついたときから一緒だった。川のほとりの小さな家で、父とともに暮らしていた。ちょっと怖がりだけど、いざというときに頼れるアマテラスと、やんちゃだけど正義感が強いスサノオ。周りにもたくさんの神がいたし、寂しいと思ったことは一度もなかった。

    父は厳格な人だったけど、いつも楽しい遊びを考えてくれた。ただ、時折、自分の部屋にこもって出てこない時もあった。すすり泣く声が聞こえることもあった。こうなったら扉を開けちゃだめなんだ。

    この平穏な日々が終わったのは突然だった。その日はスサノオがいつにも増して泣きわめいていた。「母ちゃんに会いたい」などと言って。おかしな話だ。僕たちにお母さんなんていないのに。もちろん父も母もいる神だっている。でも僕らは違うはず。僕たちの親は父、イザナギだけだ。

    スサノオも激しかったが、もっとすごかったのは父だった。「お前をそんな風に育てた覚えはない」「お前は俺の子じゃない」と、ひたすらに罵倒していた。愛のある叱責というレベルをとうに超えていた。ここまでになっているのは見たことがなかった。そして、父はスサノオをどこかに連れて行った。そして、父だけが帰ってきた。

    「スサノオはどうしたの?」と姉さんが聞いたら、「行くべきところ」とだけ言った。そして父は、「高天原に行ってきなさい」と言った。高天原は、雲の上の場所だってことは知っていた。でも、何の縁もゆかりもない、場所に、どんな目的で行くのかは分からなかった。何回聞いても、「そうしなさい」としか言わなかった。

    僕はアマテラスの手を握って、一緒に家を出ようとした。そうしたら、父さんは引きとめて、「ツクヨミは先に行ってなさい。アマテラスは、ちょっと準備があるから」と。しばらく振り返ったままでいたら、「早く行きなさい」と。そのときのアマテラスの不安な表情を、僕は今でも覚えている。

    「葦原中国で自ら命を絶った者がいる」という噂を聞いたのは、僕が夜の国の王になって宴に参加した時のことだった。


    高天原には長い夜、そして長い冬が訪れていました。何もかもに瘴気が立ちこめていました。第二の都市である、夜の国に移る人も増えていました。

    ツクヨミは、天安河原で行われた第七次作戦会議に参加しました。会議は平行線でした。主に、アメノウズメの提案した作戦を受け入れるかどうかで、いつまでも水面下の攻防が続いていたのです。

    アメノウズメは芸能の女神です。葦原中国の文化を取り入れた、過激なパフォーマンスで高天原の民衆の支持を得ていました。今回の会議にも参加していました。

    「だから、力づくじゃうまくいかないって、何回試せばわかるのよ!?」

    オモイカネは言いました。「力づくだけではない。あなたの主張する、芸術で誘き出すという案もすでに実行した。高天原が誇る最高の笛吹き、最高の太鼓奏者、最高の歌手を用意した。だがうまくいかなかった」

    アメノウズメは食い下がる。「無理もないわね。やはり私たちのような、『命あふれる』パフォーマンスが必要なのよ」

    オモイカネは苦々しい表情を見せました。「だが、アマテラス様にそんな低俗な芸術を見せるわけには……」

    「何が低俗よ!? 失礼しちゃうわね! じゃああんたたちの『芸術』とやらはなんなのよ!? 毎日同じつまらない旋律、つまらないリズム、つまらない詞。そんなので出てくる神なんているわけないでしょ? あんたたちの方がよっぽど程度が低いんじゃないの」

    オモイカネが言いました。「……これ以上続けたら、あなたの扱いも見直さなければなりませんね……」

    アメノウズメは言います。「……やってみなさいよ」

    「ほう……あなた、自らの立場をわかっているのですか? 葦原中国の不浄な文化を持ち込んで……それが何を意味するかも」

    「……そんなこと、私が一番わかってるわよ。あんたたちこそ、私を捕まえたら、ただでさえボロボロの民衆の支持は、今度こそ粉々に砕け散るわよ」

    「なるほど。考えておきましょう……」

    しばし、張り詰めた空気が漂いました。

    「あの……」

    そこで、ツクヨミが手を上げました。

    (続く)