永遠のゆく先へ #8「余計なお世話」
「ちょっと、調べさせてくれ」
聡のその口調は、人というより被検体を目の前にしているようにも感じられた。
「えっ......」トワはちょっと顔をしかめる。
場に静寂が流れる。
そこに、カナタが茶々を入れる。「ま、まさか、人体実験!?」
ややオーバーでわざとらしい突っ込みに、トワは少し微笑む。
聡は続ける。
「いやいや、もちろん手荒な真似をしたら研究者倫理にもとるからね。そこはISCの人とも一緒にちゃんとやるつもりだ」
「まあ、そうですよね」とトワ。
「そうだ!」トワが思い出したように言った。「これ、この前たまたま手に入れたものなんですけど」
そう言ってトワがポケットから取り出したのは、黒スーツ3人組から奪い取った、もとい落としていった謎の装置だった。
「ほう」聡はまたも興味を示す。
「せっかく調べるなら、これも調べてもらえたらなって」
「これは......。一見するとこれは補聴器......いや、どちらかというと、人工内耳の体外装置に似ているな」
「人工内耳?」聞き返すカナタ。
「聴覚に問題を抱える人が手術で体内に埋め込む人工臓器だ」
「体内に......」耳に手を当てるカナタ。
「かなり興味深いが、しかし、こんなものどこで手に入れた? さっきから、何やらいろいろ知ってるみたいだが」
「実は......」カナタはあの日の出来事、そしてこれまでの冒険のことを、思い出せる限りですべて話した。話している間、聡は3人にしきりに質問を投げかけた。「他に何か見なかったか?」「それは○○ではないのか?」といったような。そんな彼からは、懐疑と好奇心が交錯する思いが感じられた。
「なるほど......にわかには信じがたい話ばかりだが......特にカンブリア紀以前に高度な生命、それも知的生命体がいたなんて......博物館があったのだろう? 何が展示されていたか覚えてるか?」
3人はみんなして思い出そうとするが、誰もちゃんとは覚えていないようだった。
カナタは苦笑いして言った。「なんかすごいなー、っていう感想しか覚えてないですね」
「......まあ、たいていの人にとって博物館とはそんなものなのだろうな。梨花もあの日は......いや、何でもない」
聡は何かを言いかけたが、しかしすぐに黙ってしまった。
トワが言った。
「それで、これからどうすればいいのかという状況なんです......何かアドバイスなどいただけるでしょうか?」
「そうだな......まず最も重要なこととして、このことを公にするかどうかだが......」聡は続ける。「その話からすると、君たちと利害の衝突する何らかの組織のようなものが存在するということだな」
聡の飲み込みは意外なほど早かった。
「だとすると、あまり君たちのことは公にしない方が良いかもしれないな。研究者としてはぜひとも発表したいところではあるが、それよりも君たちの身の安全の方が重要だ。そうでなくとも今の時代、こういうことで注目を集めるリスクは決して小さくないし。タイムトラベルなんかは特にそうだ」
「やっぱりそうですか......」そう言って、カナタはさっき上空で撮った写真を削除した。
「あ、あの......」
珍しく、マリが手を上げる。
「どうしてあなたは、こんな不思議な話を信じられるんですか?」
確かに、娘のリカが何かにつけて拒絶していたのとは対照的に感じられた。
カナタも尋ねる。「確かに、こんなの非科学的だー、ってなるかと思ってました」
聡は、少し考えてから、こう言った。
「別に、信じたわけではない。確かに、君たちが口裏を合わせて私を騙そうとしているようには見えないが、君たちの言ってることが科学の常識からしてあり得ないことも事実だ」
聡は続ける。
「でも、見えるものを全否定しても仕方ないだろう。非科学的というが、科学が常に正しいわけじゃない。なぜなら科学は人間が自然を理解するための道具であって、いつだって自然が先にある。科学はそれに合わせて常に修正されていくものだからだ」
「もちろん見間違いってこともあるが、観測事実をただ拒絶してもしょうがない」
聡の考えに、3人はうなづいた。
「まあ、どこまでも慎重になる必要はあるがな。そのために研究をするのだ。トワさんやその装置のことについて調べていく中で、君たちの目的に関して何かサポートできることがあるかもしれないから、その場合はよろしく」
「よろしくお願いします!」
3人はペコリと頭を下げる。
「それと......」そろそろお暇、という雰囲気の中で、聡が切り出す。
「梨花のことなんだが......何年も男手一つで育ててきたが、あまり友達などもいなかったみたいなんだ」
さっきとは打って変わって、聡の親としての側面が現れ、互いを見合う3人の少女たち。
「正直なところ、最近梨花のことがよくわからなくてな」
マリは訝しんだ。もしかして、リカと聡は家であまりうまくいっていないのか? そういえば、聡はさっきトワのことを知らなかった。自分たちの冒険についても。家で話してないのかもしれない。
「観察が何よりも大事って言ってるのに、娘のことはよくわからないなんてな......」聡は自嘲気味に笑った。
「梨花にとって大事な友達だから、どうかお互いにいい関係を築きあってほしい」
マリは不安な顔を隠せなかった。
すぐにでもエレメントを回収しにいきたいところだったが、学年末試験が近いから、とリカが言い出し、それが終わるのを待つことになった。もう3月になっていた。約束の日、マリが最初に公園に到着した。数分待つと、すぐにカナタとトワが現れた。
「はろ~マリりん」「こんにちは、マリさん」マリは無言で軽く会釈する。
カナタは苦笑いしながら言った。「いや~大変だったね、ここ数日は」
どうやら、トワは何やら調査のためにいろんな家や研究所をたらいまわしにされたらしい。
「聞いてよマリりん、トワっちの血糖値なんだけどさ......」
血糖値? 場違いなワードにマリは思わず目を見開いた。
「はい、どうやら私が力を使うと、一時的に血糖値が大きく増えるみたいで。その増え方が異常で、暴飲暴食をした時より増えるみたいなんです」
なんだか不思議な話だ。
「それでさ、エコーだとか遺伝子検査とか、脳波だとか、なんかよくわかんないけどそういうのをいろいろやってさ......」カナタが言いかけて、言葉に詰まる。「結局どうだったんだっけ?」
トワは言った。「結局、そんなに多くのことはわからなかったんです。合法かつ秘密裏にできることは限られてるとかなんとかで」
「つまんないよねー。もっとこう、科学のためなら人の命なんて! みたいな感じかと思ってたけど」カナタが口をとがらせる。
「......ちなみにさ」マリが口を開く。
「どうしたん?」とカナタ。
「......エレメントとか、お父さんのこととか、ほら、帰るって言ってたでしょ......何かわかったの?」
「ああ、エレメント? それが、さっぱりわからないんだってさ」カナタはまたも残念そうに言う。「けどなんか言ってたような......」
「確か、この世にまだ存在しない第5の力の可能性が何とかって......」トワがうろ覚えで言った。
「第5って、ベートーヴェンじゃないんだからさぁ......1から4はなんなのよって話。なんかそういうのがあるのかな?」
カナタは辺りを見回した。
「今日は来ますかね、リカさん」とトワ。
「流石に来るでしょ」
しかし、またしてもリカが現れない。
「大丈夫だって......この前も来たんだし」
不安がるマリをカナタがなだめたが、10分、20分待ってもまったく表れる気配がない。既読もつかない。
ついに集合時刻から1時間が過ぎた。
「スマホの充電切れちゃう〜」カナタがつぶやく。
すると、ついにトークアプリの通知が鳴った。すぐに確認するカナタとマリ。その内容は、目を疑うものだった。
――『お父さんが行くなって。だから無理』
「え、お父さんって、あのお父さんが?」カナタはショックを受けていた。
「それはちょっと......不思議ですね」とリカ。確かに、私たちの冒険にあんなに興味を持ってくれていたのに、と、マリは思った。
「仕方ないですけど......私たちだけで行くしかないですね」
マリもカナタも、流石にということで首を縦に振る。
「なんだい、感じ悪いや。だいたいこういうのは親の制止を振り切ってでも行くもんでしょーが」カナタが若干拗ね気味で言う。
「向こうは暑いから、上着はここで脱いでいっちゃおっか」
カナタは豪快に上着を脱ぎ、それを近くの茂みに隠した。ちょっと心配だったがマリも同じようにした。
震えあがるマリとカナタ。
「うわー、寒っ! まあ、まだ3月初めだしね」
トワはペンダントをつかみ、祈りのポーズを始める。
すべてが、収縮する。
この間と同じ場所で、3人は空を見上げる。空は心なしかくすんで見えた。
トワが力を使って、エレメントの位置を探った。
「エレメントは今、ここのちょうど真上にあるみたいです。ここから上に飛べば届くはずです」
トワの言葉通り、3人は空に飛びあがっていく。この間と同じ要領で。
「2回目だけどまだ慣れないね」
「おかしいですね......」と、トワが周囲を見ながら言った。「さっきまで真上にあったはずなのに」
「移動してるんじゃなかった?」カナタが言った。
「そうですね、でも一応それを加味して飛んだはずですが......」
トワが言うには、エレメントは既にかなり遠くにあるらしい。
「追いかけましょう!」
トワが張り切って加速しようとするのを、カナタが制止した。
「待って、このままだとこの前と同じことになるんじゃない?」
それはそうだ。しかし、他にどうすればいいというのか。
「......なにか、頭を......」マリが言った。
「頭を?」カナタが聞き返す。
「......頭を、使った方がいいんじゃないかな......」言い終わって、言い方がきついことに気づいて、慌てて訂正する。「......って、言うのは、えっと......何かきっとコツがいるんだよ、こういうのは」
「コツって言っても......空の飛び方のコツなんて......」
カナタがそう言ったとき、その場にいた全員がある一人の顔を思い浮かべていた。
「やっぱりこういうことをできるのは......」とトワ。
「一人しか......いないかも」とカナタ。
そのリカは今ここにはいない。
そして今後も来る可能性は......残念ながら、低い。
しかしそれは、今のままなら、という条件が付く。つまり、リカを説得して連れてくることができれば......何らかの打開策が見えるかもしれないのだ。
「でも......説得なんてできるのかな? あの......リカちんは、あたしたちより全然頭いいし、逆に言い負かされちゃうかもしれないよね。というかそもそも、あたしたちの話なんて聞いてくれるのかな?」カナタは苦い顔をした。「あいつ、頑固だし、この前結構キツい言い争いしちゃったし」
「私も......正直な話、あまりよく思われてない気がします」トワも、目を落として言う。
もはや万事休すか。マリが拳を握る。
「......私が説得する」
マリは確かにそう言った。しかし、カナタは苦い顔をする。
「だ......大丈夫......かな? いや、大丈夫かってのも変だけど......確かにそれしかない気はするけど......ほら、一人だけ帰るってのも......ね?」何かに配慮したようなカナタの口調が、マリには気になった。
「一人だけ帰すことも、できなくはないですが......」トワも戸惑っている様子。
この状況に、マリは今までに感じたことのない感情を覚えた。それをなんと呼ぶのかは、マリにもわからなかった。でもそれはふつふつと強く湧き上がってくるものだった。
それは腹の底から生まれて、喉を駆け上がり、そして口から出る。
「できる」
その力強さに、2人は怖気づくほどに驚いている様子だった。
「......わかりました」
トワはそう言ったかと思うと、ペンダントを握り、体を発光させ始めた。
もう後戻りはできない。
旋風が体を包む感覚を、マリは目を閉じながら全身で味わった。そうしてその段階になって、何が自分を駆り立てたのか、一瞬わからなくなった。でも、きっとそういうものなのだろう。覚悟は決まっていた。
最後に、風の中に何かが聞こえた気がした。「なんでまた、急に......」カナタの声だった。
「同じ気持ちのような、気がするから」
そう答えたのかもしれない。答えなかったかもしれない。その瀬戸際で。
全てが、収縮する。
(続く)
