永遠のゆく先へ #6「砂山崩し」

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千本槍みなも@ナタクラゲ
6521文字14分で読めます

「みな......さ......ん......」

うめき声を上げて、ケイ素でできた村長の体が、溶けるように崩れる。立ち尽くす4人の目の前で。無邪気に走り回っていた子供も、何億年も壊れなかったという家も、ここにある全てが、音を立てて崩れ去る。

〈回収が完了しました〉

エレメントは吸い上げられ、あっという間に黒服3人組のものになる。彼らは黒い強化スーツのようなものを身にまとい、顔は隠されていた。中空に浮いて横に並び、マリたち4人を見ていた。

あまりに突然のことに、マリたちの誰も、すぐには状況を理解できなかった。呆然としている間、先に動いたのは相手のほうだった。

〈目撃者あり。速やかに排除します〉

その言葉とともに、3人組の中央の人物は、何かを念じるような動作をする。すると、かつて村長だった砂の山が宙に浮き、かき集められていく。砂は球状になり、マグマのように赤くなっていく。相手の顔は隠されていたが、明確な殺意が感じられた。

「まずい......!」
我に返ったカナタが素早く前に出て、残りの3人を庇う。しかし、それより早く砂玉は放たれた。空気を焼き尽くしながら迫ってくる、灼熱の弾丸。間に合わない......!

もう少しでぶつかるというところで、球が横にそれた。焼け融けた球が地面にへばりつく。
「助かった......?」
カナタは全員の安否を確認すると、トワがペンダントを握って黒服3人組を睨むのを見た。
「トワっち、ありがと!」
能力で助けてくれたトワの顔を見てカナタは言った。が、トワは答えず、ただ鋭い視線を彼らに飛ばす。

「あの方たちは」トワが静かに口を開く。
「......自分の命を捨ててまで、私に協力しようとしてくれたんです。それなのに」
トワの体は、明らかに怒りに震えていた。

続けざまに熱球が生成され、発射される。だが、全て脇にそれた。
「無駄だよ......どこの誰か分かんないけど、トワっちには特別な力があるんだ」
カナタはそう相手に言い聞かせる。彼らは熱球を放つのをやめて、また中空から4人をじっと見ていた。
「......見下げてんじゃないよ!」カナタが啖呵を切る。
「こんなこと......許されていいのか......?」
リカまでもが腹を立てているようだった。
マリはというと......こういうときにどんな感情を抱けばいいのか、正直掴めずにいた。

相手はなにやら誰かと交信らしきことを始めた。

〈緊急事態発生。能力者と思わしき存在と接触しました。博士、指示を〉

能力者? 博士? 彼らはなぜ、エレメントを集めてる? そういった細かいことに、マリは気を取られていた。

〈博士?〉

途端、相手3人組が空中で磁石のように引き付け合い、強くぶつかった。そして、地面に叩きつけられた。

よろめきながら起き上がる3人。トワは光るペンダントを掴みながら、彼らのもとに一目散に走る。カナタとリカも追いかける。
「ちょっ......と......待って......」
少し遅れて、マリもついていく。

相手はなおも交信を続ける。

〈博士......はい、了解しました。回収対象に追加します〉

その言葉とともに、相手から凄まじい衝撃波が放たれる。4人はたちまち十数メートルほど弾き飛ばされた。幸い、トワの力で落下の衝撃をモロに食らうのは避けられたが。

だが、トワだけは宙に浮いたまま、だんだんと3人組の方に吸い寄せられていく。
「......ダメ......力が強い......!」
トワも自らの念力で抵抗しているようだったが、向こうのほうが上回っていた。
「させない!」
カナタが飛び上がり、トワの足先を掴む。そのまま2人は地面に落ちる。

〈チッ......ツー、スリー、残りの3人をなんとかして。私が対象に専念する〉
〈〈了解です、ワン〉〉

その掛け声とともに、ツー、スリーと呼ばれた2人がマリたちを遠くから挟むように立った。2人が耳に手を当てると、カナタの手が意に反して動き、トワの足から無理やり引き剥がされる。
「くそっ......!」
カナタが起き上がりかけたのも束の間、マリ、リカ、カナタは、体の違和感に気づく。
「身動きが......」
3人はその場から一歩も動けなくなった。見えない力で足を固定されたようだった。トワは地面を引きずられ、ワンと呼ばれた人へと引き寄せられていく。

なんだかわからないが、相手はエレメントだけでなくトワまで狙っているようだった。もはや絶体絶命の状況。

と思われたが、マリはふと、自分の足が少しだけ動かせることに気が付いた。確かに重いけど、まったく動けないほどではない。なんだかわからないけど、これはチャンスかもしれない。でも、下手に動いたら、相手の狙いが自分に集中するかもしれない。マリは結局怖くて動けなかった。

「もしかして、気づいてる?」
ふと、カナタが囁く。「ちょっと動けるってこと」
「ああ」リカが返す。「ただ高速で順番に固定してるだけっぽいな。もしや、2人で3人を拘束するのは限界がある、とか?」

リカの冷静な洞察に関心する間もなく、トワはますますワンに近づいている。
「それなら、注意を誰か一人に集中させれば、他の2人は自由に動けるってこと?」
カナタの問いに、リカが答えた。
「そうかもしれない......相手の目標は、あいつの回収みたいだ。それは避けなきゃ......だろ?」
リカはトワを指さす。
「たぶんあいつも同じで、引きずられるのに抵抗してるうちは、帰還に力のリソースを割けないはずだ。だから、誰かがツーとかスリーとかいう奴の注意を引き付けて、その隙に残った2人があいつを引っ張って抵抗する。そしてフリーになったあいつの力で現代に......帰る」

「誰かって?」とカナタ。
「ああ......私がやるよ。言い出しっぺだし」リカは軽々とそう言った。
「駄目だよ!」カナタが拒否する。「あたしが囮になるから」
また、カナタとリカが揉めはじめた。そうこうしているうちに、トワが追い詰められている。

〈捕獲用ワームホールを展開する。ツー、対象を誘導して〉
〈了解〉
その言葉とともに、ワンの前の空間がゆがみ、黒い穴が現れた。夜よりも黒い、見ているだけで吸い込まれてしまいそうな穴だ。あそこに入ったら、トワは捕まってしまうのだろう。トワは引っ張られる力が一瞬弱まるのを感じたが、すぐに今度は逆側から押されるような力を感じた。

「......私が行く」
揉めるリカとカナタを制したのは、マリだった。
「な、何言って......」
2人が止めるのも聞かず、マリは闇雲に走り出した。この時、ほとんど足の抵抗はなかった。だが、すかさずスリーがマリに力を使う。
「おわッ!?」足をとられ、マリは転倒する。そして、今度は全身を動かせなくなる。

だが同時に、リカとカナタの両方が動けるようになった。「今だ!」リカとカナタは、トワに向かって一目散に走りだす。途中何回かスリーの足止めでよろめくが、結局2人ともトワのもとにたどり着く。2人はトワに後ろから抱きつき、「おおきなかぶ」の要領で引っ張る。
「トワっち! 帰ろう......!」

しかし、このときまで4人の誰も気づいていなかった。上空におびただしい数の熱球が準備されていることを......!

ワームホールと同じように空気をゆらめかせる熱球たちが、マリに向かって一斉に発射された。

「マリりん!」
カナタは抵抗しつつも後ろを振り返り、叫ぶ。

マリは、眼前に炎が迫るなか、何が起こっているのかわからなかった。けれど、やけに周囲の時間がゆっくり進んで、色彩を失って見えて、ただ呆然としていた。そして、反射的に瞼を下ろす。

......その熱球たちはすべて、間一髪でマリをそれた。トワが力を使ったのだ。一方で、それによって抵抗する力が手薄になり、トワはますます押し込まれる。もうゆがみの目前まで来ていた。

「エレメントはもう無理だけど......せめて、みんなで、無事に帰ろう......?」
カナタとリカが必死に引っ張るが、そもそも、人智を超える力同士の戦いに少女2人分の抵抗が加わったところでほとんど無意味だった。もうだめか......!

全身をスリーに押さえつけられながら、マリはこの絶望的な状況をただ眺めていることしかできなかった。先ほどの命の危機も、どこか実感を持てずにいた。ワームホールは大きくなったり小さくなったりし、その度にトワたちを押しこむ力が弱まったり強くなったりしている。もしかして、自分があわてて飛び出したりしなければ、こんなことにはならなかった......? マリは、自責の念に駆られる。

〈しつこい......〉
少し感情的になったワンの声に呼応して、押し込む力は爆発的に強くなる。同時に、マリが動けるようになった。スリーがトワたちを押す方に加勢したのだ。すかさずマリが立ち上がる。
カナタがそれを見る。「......でも、もう間に合わな......」

「アロハオエ〜」

陽気な声が、不毛の大地にこだました。

「えっ、何......何!?」
困惑するカナタたち。

「あっ、あ、アロハオエー、アロハオエー」

マリが腰と腕を揺らしながら、一心不乱に踊っていた。この異常な状況に、相手3人も困惑した様子でマリを見ていた。

「何......やってんの......?」
眉をひそめるリカ。そのとき、彼女は目元に違和感を覚えた。
「あれ、メガネが......」
彼女の顔からはいつの間にかメガネが消え失せており、つぶらな瞳があらわになっていた。

その瞬間、押し込む力は消え去った。

〈どういうこと......〉
そう言ってワンは、ツーとスリーの方を見た。さっきまで3人の耳についていた装置が、耳から外れて宙を回っている。
〈......しくじった! エクステンダーが......〉

「マリさん!」トワが呼びかけた。マリはトワたちへと駆け寄る。
「トワっち、今だ!」カナタが大きな声で叫んだ。

トワは、さっきワンがやったように、大きな衝撃波を放ち、ワンを遠くに弾き飛ばした。すかさずペンダントを握りしめ、念じ始める。

見かねたツーとスリーが走ってくる。彼らはもはや能力を使ってくることはなかった。トワから発せられるまばゆい光の中、マリは地面に落ちた例の装置が光り出したのを見た。ような気がした。

すべてが、収縮する。


気づいたら、いつもの公園にいた。空は赤く染まり、冬風が枯れ木を撫で、カラスが飛び交う。

トワは、足を延ばしたまま、呆然とつぶやいた。

「あんな......あんなことって......」

震えながら、涙声でトワが言う。見かねたカナタがそばに寄り、黙って背中をさする。そんなカナタも顔をしかめていた。マリの脳裏に、崩れ落ちていく村長の姿がフラッシュバックする。

きっと長い間平和にすごしていたんだろう。博物館の展示には、一見した限り、軍事的なものは一つもなかった。なにより彼らはマリたちを全くためらうことなく歓迎してくれた。

それが、一瞬にして壊された。

「許せない......」カナタは小さく、しかし恨みのこもった声で言った。もはやエレメントが手に入らなかったことを気にする者は誰もいなかった。

風は急に強くなり、空を切る。

「でもさ」突然、リカが言った。
「今回はたまたまよくわからん奴らがやったけどさ。これからエレメントを集めていくってことは、必然的にこういうことが何回も起きるんじゃないのか?」

その途端、トワとカナタの動きが止まる。

「その度に躊躇ってたら、いつまで経っても集まらないんじゃないのか? 確かにあいつらのやったことは正気じゃないってわかるよ。でも私たちは元々それをやりに行ったわけだろ? つまりさ、次は私たちがアレを......」

「ねぇ」

突然、カナタがうつむいたまま立ち上がった。
「トワの気持ちも考えてよ」

「なんだよ。いずれ考えなきゃいけない問題だろ?」
「だからって、今言う必要ないでしょ!」
「早めに考えておいた方がいいと思うんだよ......それによって、いろいろ考えるからさ」
「考えるって何を!?」
リカとカナタが言い争っている。マリは目を背けながら、苦い顔で聞いていた。

「お前らに、今後も協力するかどうかだよ」リカが言い放つ。
「あいつは死にかけたんだ」リカはマリを指さす。その指も、震えている。冷静だったように見えたリカも、その実怖かったのだろう。
「こんなに命がけだなんて聞いてなかった。それに、そもそも、まだ全部信じたわけじゃないし」

「これ以上言ったら!」カナタが叫ぶ。「......あたし......何するかわからない」
カナタはリカを睨んで立っていた。その息は荒くなっていた。リカのほうも、メガネが取れて鋭い眼光をカナタに返す。

「落ち着いてください!」
慌てるようにトワが立ち上がる。「私なら......大丈夫ですから」

その時、トワの動きに驚いて、マリが何かをボロボロと落とした。白い補聴器のような装置が3つだった。水色っぽいライトと、アンテナのような細い棒がついている。3つのうち1つは、ライトが色違いのピンクで、短いケーブルの先に円盤がついている。

「これは......あいつらがつけてた奴だ」とリカ。
「なんでここにあるの?」カナタが尋ねる。
「そういえばさっき、あの3人の耳からコレが取れて、なぜか急に助かりましたよね」トワが言った。

マリがなにか言いたそうだった。
「言いたいことがあるならいいなよ」とリカ。「というか、さっきのあれ、何だったの?」
さっきのあれ。マリは恥ずかしくなって喋り出すのをためらったが、やがて言った。

「あ、あの、ワンの、穴?と、ツーとスリーの力が、なんか、交互になってるように見えて、それで、どっちかを強くしたら、もう片方はなくなるんじゃないかと思って......」

リカは神妙な顔をしながら、「なるほど......思い返せば、確かにそんな気もするな」と感心するように言った。
「ただ、それで踊るってどういうことだ?」
「あ、あれは、気が動転して......」
「そこは計算じゃないんだ」とカナタ。
「だが、結果的に助かった。私のメガネがなくなっていることを考えると、なんとなく考えられることがある。磁場だ」
「磁場?」
「そう。お前の謎のダンスで混乱したワンが、間違って強力な磁場を発生させた。そのせいでメガネは取れたし、あいつらの装置も外れた。これで説明がつく」
「待って全然わかんないだけど」カナタが頭に指をつく。
「だから、本当の能力者はワンだけってことだよ」リカが答える。

「他の2人は、ワンから力をいわば『間借り』してただけだ。力をあの装置でやり取りしてたんだろう。だから総量には限界があるし、装置が外れれば2人は力を使えなくなる」

「じゃあ、これを使えば私たちも......?」
カナタは落ちていた装置を拾い、つぶやく。

「その可能性は......ある」リカは言った。

おもむろに、カナタが装置をいじくり回して、起動を試みた。だがどこを押しても何の反応もない。

「つかないよ」

「壊れたのか......あるいは電池切れか? そもそも、使い方もよくわかってないしな」

「でも、これが使えればもっとエレメントも探しやすくなるよね」

「......どうだか」

今日の冒険は、ちょっと後味悪く終わることになった。決定的なことが起きたのは、それからたった数日後のことだった。

(続く)