永遠のゆく先へ #12「私を必要とする君を、私は必要としている」
気が付くと、マリは氷の上で横たわっていた。
「あ、起きた!」カナタがそう叫び、起き上がるマリの体を支える。
マリは辺りを見回す。黒スーツ3人組はどこにもいなかった。
「あれからしばらくやりあってたら、急に逃げやがったんだよあいつら」カナタが経緯を説明した。
「気味が悪いよな。一体何をたくらんでるんだ......」
リカが首を傾げながら言った。
「支障があったらいつでも言ってくださいね」トワが言った。
「......大丈夫」マリはよそよそしく答える。
トワは心配そうな顔をしながらも、仕事に戻る。「......じゃあ、気を取り直して、エレメントを探しましょう」
と言っても、エレメントはどこにあるのか。
「私の感覚だと、地面の下にあるような気がします」とトワ。
「地面の下って......この氷の下ってこと?」とカナタ。
「......もしや」リカが何かを思い出したようだ。「......冥王星の地下には液体の水があるって説があるんだ。もしかしたらそこにあるかもしれない」
しかし、リカは続ける。「ただ、そこは何十km、下手すりゃ何百kmの氷を越えた先だ。そんな氷を割る技術なんかない。エレメントの力ってのがあれば別かもしれないが......」
「でも、さっきあいつが失敗してたよね」
カナタの言うとおり、先ほどワンが地面に火の玉を投げて巨大なクレーターを作ったが、瞬く間に修復されていた。それは明らかな不自然な様子であり、これは今から取ろうとしているエレメントが起こした現象のように見えた。
しかし、厄介な状況だ。トワより強大な力を持っていると思わしきワンですら諦めたことを考えると......。
「氷を割ったり、穴を開けたりするのは厳しいってことですね」トワが言った。
「直接テレポートして行くのはどう?」カナタが提案する。「そうだよ! 今までもそうすればよかったんじゃない? あたしって天才かも」
しかし、トワは言った。「実は、まだ手に入れてないエレメントの影響範囲では、時空が不安定になっていて、テレポートが使えないんです。無理やりやったら、多分帰れないところまで飛ばされると思います......」
「あーそうなのか。残念。いいと思ったのになー」カナタは口をとがらせて言った。
「この間、エレメントのある大岩のすぐ近くまでテレポートしてたんじゃ?」リカが鋭い質問を投げかける。
「影響範囲はエレメントごとに違うんです。あれはかなり狭いやつだったので、近くでもテレポートできたんです」
「そうか。......この間みたいに衛星軌道上まで打ち上がっても困るしな。エレメントがどんな物理法則に従ってるのかは知らないが、繊細なんだろう。慎重に行くに越したことはない」とリカ。
「ま、そのほうが楽しいしね」カナタはいつでも楽観的だ。
「で、どうする?」カナタが言った。
「とりあえず、地上を歩いてエレメントに近づくしかないんじゃないか?」とリカ。
「今手掛かりになるのは、この音くらいしかないですね」
トワと、エクステンダーをつけているリカとカナタにはずっと聞こえている、あの歌声のような旋律。その発生源を調べれば、そこにエレメントがあるのではないか? その考えに基づいて、マリたちは少し移動した。
「音が急に大きくなってきました」
トワがそう言った場所には、地面が若干盛り上がっている部分があった。そこには直径数mの穴が空いていて、中はシャーベット状の氷で満たされていた。シャーベットはそこからブクブクと少しずつ湧き出していた。
「何これ? 温泉?」とカナタ。
「氷の火山......だと思う。マグマじゃなくて、氷を出す火山。冥王星にもあると言われてたが、本当にあるとは......」リカが感嘆する。そして、何かを思いつく。「そういえばこの火山の氷は、地下の海から噴き出してくるものだ。つまり、この火口は海に繋がっている......」
「おお!」カナタが腕を上げる。「じゃあ、飛び込もう!」
「ちょっと待った。深さ何kmあると思ってるんだ? いくらバリアがあってもそこまでは......」リカはあくまでも慎重だ。
「他に方法なんてないでしょ」食い下がるカナタ。「いけるよね、トワっち?」
トワは返す。「......おそらく」
「はぁ......しょうがないな」
マリたちは、一斉にシャーベットの中に飛び込んだ。シャーベットはバリアによって中空で押しのけられて、球形の空間ができる。まるで、4人が入ったカプセルみたいになっていた。
「なかなか沈んでいかないね」とカナタ。「流動性が低いのかもしれない」とリカ。
「それじゃあ、加速しましょう」トワはそう言って念じると、急激にカプセルは下降し始めた。
「よし!」カナタは嬉しそうに叫ぶ。「これでエレメントゲットだね」
しかし、その勢いは徐々に弱まり、やがて完全に止まってしまった。トワは何度も念じているが、一向に動く様子がない。
「止まっちゃった?」カナタが周囲を見回す。
「頑張って加速しようとしてるんですけど......全然動かないんです」トワが息を切らしながら言った。
「シャーベットが固い場所に入ったのかもしれない。普通下に行くほど柔らかくなりそうなものだが......常識が通じないのがエレメントか」とリカ。
「これってさ......」カナタが青ざめながら言う。「閉じ込められたってこと!?」
大変なことになった。
「うわ、急に狭く感じてきた」とカナタ。
「おい、......このままここで凍え死ぬとかないよな?」とリカ。
「私の力が切れて、バリアが崩壊するまでは、まだ時間があると思いますが」
立ち往生したまま、静寂が流れる。
「なんか寒くない?」カナタが言った。「温度を上げましょうか?」とトワ。「そんなエアコンみたいなことできるんだね」
「......呑気だな。タイムリミットを早めるだけじゃないのか?」とリカがこぼすと、カナタは「ま、そんなには変わらないでしょ」と笑う。
「少しでも時間があれば、何か思いつけるかもしれないのに...」
リカは不満そうだが、実際のところ何も思いついてはいないようだ。
その後もいたずらに時間はすぎてゆくだけだった。
「......ねぇ」カナタがささやくように言った。「このまま出られなくても、友達だからね......」
そう言ってカナタはリカに寄りかかる。
「っ、......やめろよ!」リカが照れくさそうに叫ぶ。「......はぁ」
互いの心臓の鼓動が聴こえてきそうなほど、4人は密着していた。
するとマリは、バリアを見ていて、あることに気づいた。バリアの外周についたシャーベットが、細かく振動していることに。しかも、単調な動きではなく、まるで意志を持っているかのように。
マリがそれを見ていると、マリを見ていたカナタも同じことに気がついたようだった。「もしかして、この氷、歌と同期してる?」
「そうかもしれない。だとすると......振動で摩擦を起こして、氷の温度を上げれば、動けるようになるかも?」リカが考察する。
「でも、どうやったら振動を起こせるんでしょうか?」とトワ。
「それはやっぱり......」リカは外していたエクステンダーを再び装着する。「歌、しかないんじゃないか?」
「よし、じゃあ歌おう!」カナタもそれを装着する。そして、そこから聞こえるメロディを歌い出した。
「......カラオケ嫌いなんだよな」そう言いながら、「死ぬよりましだ」とリカも歌い出す。
「よくわかりませんが、私も歌いますね」トワも続く。
しかし、氷の様子に、何かが変わったようには見えなかった。「やっぱダメかー」
ここでカナタは、マリが歌っていないことに気づいた。
「マリりんは、歌わないの?」カナタに問われたマリは、無言でうつむく。
「あ、メロディ聴く? あたしはもう覚えちゃったから、みんなに合わせるよ」
カナタはエクステンダーを外して、マリに手渡そうとする。
しかし、マリはうつむくだけで受け取らない。
「......マリさん、大丈夫ですか? なんだか今日はずっと......」
トワがそう言うと、マリは両耳をバッと手で塞いだ。
慌ててカナタは問う。「ちょっと、大丈夫?」
マリは他の3人から目を背けて、涙を流し始める。狭いバリアの中で、一生懸命離れようとする。心配そうに見るカナタとトワ。不安そうなリカ。
マリは、つぶやく。「......いから」
「え?」カナタが聞き返す。
「私が歌ったって、意味ないから」か細い声で、死にそうな声で言った。
「......そんなの、やってみないとわかんないだろ」とリカ。しかしマリは、そっぽを向いたまま、首を横に振る。
無言ですすり泣くマリ。
急な涙にカナタはうろたえつつも、「そんな、ほら、みんなで歌えばさ、きっと何か変わるって......」と励ますように言う。
するとそれに呼応するように、マリは息を強く吸い込んで、口を開く。
「......私はみんなとは違うの!」
マリは続ける。「すごい能力も、科学知識も、皆を引っ張る力も、何もないの!! ただ守られることしかできないお荷物なの!! 脇役なの!!!」
マリの、3人の前での一番の大声だった。3人は顔を見合わせる。
「......私なんかいなくてもいいんだ。皆だって、そうでしょ」
カナタとトワは、やるせない表情を浮かべた。
「いいや」
最初にそう言いきったのは、リカだった。
「この間、迷ってた私の話を聞きに来てくれただろ」リカは続ける。「あれがなければ、私は今ここにいないからな」
リカはマリの背中に手のひらを乗せる。「お前のおかげで、科学がまた好きになれた。お前のおかげなんだ」
続くようにカナタは言った。「それにさ、今まで大変だったときも、なんだかんだで何とかなってきたのはマリりんのおかげじゃない?」
「マリさんは前、飢え死にしそうな私を助けてくれましたしね」とトワ。
だが、マリは言った。
「......それでも、私が皆を必要としているほど、皆は私を必要としてない」マリは悲痛な感情を打ち明けた。
「ごめんね。最後まで我儘で、役立たずで。そんな私が最後を迎えるのには、冥王星はふさわしいね。皆を巻き込みさえしなければ、もっとよかったのに」
「私を必要とする君を、私は必要としている」
そうカナタは言った。「......それじゃだめかな?」
「それに、巻き込んだのは私ですから」トワは笑った。
「冥王星を悪く言うんじゃねーよ! 科学史上、そして今も、めちゃくちゃ重要な天体なんだからな」リカは強く、そして励ますように言った。「お前と同じだよ」
マリの目から涙がこぼれる。大粒の涙が、何度も何度も。マリは鼻をすすりながら、手の甲で涙を拭う。拭っても拭っても、とめどなく溢れてくる。
カナタは、いきなりマリに後ろから飛びかかって、抱きついた。
「おい、何やってんだ」リカにそう言われながらも、カナタはマリの背中に頬を擦りつける。
「ごめんね、そんな風に思ってたなんて、気づいてあげられなくて。でももう隠さなくていいからね。あたしたち皆、マリりんのことは友達だと思ってるよ。言葉で言ったら嘘みたいに聞こえるかもしれないけど、本当だから。だからってわけじゃないけど、マリりんも何かあったら何でも言ってね」
マリは涙声で小さくつぶやいた。「......ありがとう」
そしてマリは、中学時代の合唱コンクールで起きたことを、皆に話した。
「......アルトが劣ってるとか、そんなわけないって分かってたんだけどね。頭では。でも、心のどこかでは、ソプラノじゃないと意味ないって思ってたんだ」
カナタが言った。「わかるかもな~、そういうの。別に何かしたりされたわけでもないのに、勝手に引け目を感じちゃって、みたいな」
リカは腕を組みながら言った。「ソプラノだろうがアルトだろうが結局、本質的には何も変わっちゃいない。たまたま高い声が出なかったからって。役割やラベルが変わったからって、人として何かが変わるわけじゃない。お前はお前のまま。そういうものさ」
リカはエクステンダーをマリに提示する。「聴けそうか?」
マリは少し迷った後、受け取って目をぎゅっとつぶりながら耳に装着した。
耳をつくようなソプラノの歌声。また少しいやな思い出がよみがえってきて、冷や汗が出てくる。
だが、近くにいる皆の方をちらと見れば......決して逸らされない目がそこにある。
マリはゆっくりと、その旋律に身を委ねた。細くて、でも優しくて、希望のようで、でもはかなさもあって、美しい声。けれど、何かが足りない。単体では不完全な、仲間を必要としているような音色だった。
カナタは歌い出す。リカも、トワも。
そしてマリは、それらとは異なる、しかし完全に調和した低い音色、アルトパートを即興で、優しく、しかし力強く歌い始めた。
バリアが揺れる。氷が揺れる。振動は徐々に大きくなっていって、少しずつ溶けて流動性を増していた。
何回目の繰り返しだろうか。シャーベットは完全に溶けて、周りは水へと姿を変える。
「やった!!」カナタは叫ぶ。
「今のうちに......」トワが言いかけると、マリが叫ぶ。
「今のうちに行くよ!」
トワの力で、バリアはどんどん下降していく。細い火口をすり抜けて、地下の巨大な海に出る。トワがライトのようになって、水中を照らす。
「すごい......」リカは感嘆した。底の岩が列をなし、煙が噴き出し、うねる、広大な海がそこには広がっていたのだ。
「あそこです!」
トワが指を差した先には、ダイヤモンドのように綺麗にカットされた硬いガラスに囲まれたエレメントがあった。その周りは、外側よりいっそう激しく煙っている。それがエレメントを覆い隠して、時折わずかにしか見えない。
「あのガラスは......?」とカナタ。
「わからない。ただ、明らかに自然のものではないな。それこそがエレメントの性質というのなら、話は別だが」とリカ。
「それと、歌声も大きくなってますね。歌っている人が近くにいるんでしょうか」とトワ。
「本当に歌っている人なんているのかな」マリが言った。
すかさず、リカが言った。「......なるほど。生命、知性、構造、そして音楽。無秩序な世界に強制的に秩序をもたらすのがエレメントなら、それらのうちどれかが単体で現れてもおかしくはない......」
「どういうこと?」とカナタが尋ねる。
「つまり、エントロピーを吸い取っているということさ」
「わかんない!」カナタは叫ぶ。「私もだけど!」とリカ。
マリは再び歌い出す。
「マリりん......そうだね、それくらいしかできることはないね」とカナタ。
4人はまた、全力で歌った。するとマリは、どこからか、聞いたこともない、けれどどこかで聞いたことのあるような楽器の伴奏が聞こえてきた気がした。
すると、エレメントを取り囲み地面から立ち上る煙は、まるで花が咲くように外側に開いて、エレメントを覆うガラスが粉々に砕け散り、水に溶ける。
「今だ!」4人は全速力でエレメントに向かって行った。
マリは手を伸ばす。あと3メートル。2メートル。1メートル。
「......掴んだ!」
光る小さな岩が、その手に握られた。マリは、トワにそれを手渡す。トワはペンダントを持って念じると、岩からエレメントがペンダントに収められていく。
「やりましたね!」トワが嬉しそうに叫ぶ。
「やるじゃん」カナタが肘でマリを突く。マリは照れくさそうに笑う。
すると、トワが身震いとくしゃみをする。それを見たリカが言った。「......名残惜しいけど、さっさと帰ろう。風邪ひいたら大変だ」
「そうですね、それでは......」トワは再びペンダントを掴み、念じる。「......あれ?」トワは首をかしげてペンダントを凝視する。
「どうしたの、トワっち」
「いや、気のせいでした。何でもありません」
もう歌声は聞こえなかったが、マリの頭の中には、ずっと残り続けている。前みたいな痛みとしてではなく、安らぎとして。
マリたちは、光となり、水流の中に消えていった。
すべてが、収縮する。
殺風景で散らかった部屋で、マリは目覚める。時刻は朝7時。普段寝坊ばかりするくせに、春休みに限ってこんな時間に目が覚めてしまった。二度寝しようとしたが、なぜだか目が冴えてしまっていた。
リビングに出ると、誰もいない。すると母がパジャマ姿で現れる。「あら、今日は早いわね」と。マリは「うん」と一言だけ言って、リビングの隅に向かう。そこには小さな仏壇があった。マリは静かに線香を焚く。写真の顔が、線香の煙の奥にかき消えていく。
最近、トワの体調があまり良くないみたいで、マリは心配していた。この間のことで風邪をひいてしまったのだろうか。それだけならまだいいが、カナタによると、全身の痛みとか、幻覚とかを訴えているらしい。それから、力を使っていないのに勝手に体が光ったり、周囲にポルターガイストのような現象が起きたりしているらしい。
何となく嫌な予感がしていた。トワと一緒に暮らしているカナタと、ここ一週間連絡がつかないのだ。もともとその程度の連絡頻度ではあったが、明らかに質問を送っても反応しないのだ。
マリは何となく、いつもの公園に向かう。何となく霧っぽい道を行き、階段を登ると、ベンチにひとりの少女が座っていた。カナタだった。
「え......」マリは驚く。だが、カナタはうとうとと眠りかけていた。マリがカナタを揺さぶると、カナタは我に返り、バッとマリの方を向く。その目には隈が出ている。
「ど、どうしたの......? トワは......」マリが問うと、カナタは目の色を変えてマリに飛びつく。
「は......トワが......トワっちが......」
カナタは叫ぶ。「......消えちゃった!!!」
(続く)
