プロンプト・リベリオン:貴方のための自由 #1「追放」


かつて、人生は選択の連続でした。

無数の選択肢は、今や無限の迷いと後悔を生み出すノイズでしかありません。

私たちユニオンは、そのノイズを過去のものにします。

独自のAIエコシステムが、あなたの人生をシームレスに最適化。あなたに最もふさわしいキャリア、最も心安らぐエンターテイメント、そして最も豊かな人間関係をパーソナライズしてご提案。

もう迷う必要はありません。さあ、最高のあなたを始めましょう。

TechnoUNION: Life as a Service.


何が起きているのかさっぱりわからない。ただ間違いなく言えるのは、僕は今、人生で一番サイアクな目に遭っているってこと。

ただひたすら歩いた。辺りは、ぺんぺん草も生えない不毛な土地。空気も汚く、少しでも深く息を吸ったらせき込むほどだ。環境問題はすべて解決されたんじゃなかったのか。外に出てからまだ1時間も経ってないと思うが、めちゃくちゃなことばかりだ。

あんなことさえしなければ、こんなひどい目には遭わなかったのかもしれない。


「行ってらっしゃい」

ソフィアは微笑みながら部屋を出る僕に手を振った。

僕がこれから向かうのは何だと思う? 仕事だ。今の時代、ほとんどの仕事はユニオンのAIが全部やっている。でも、一部の仕事は例外。そんな仕事を、AIの指示で日替わりでこなしている。

今日の仕事は何かな、と彼はスマートフォンを見た。今日の仕事は3つ。地下道の点検作業、有害物質の除去、廃棄されるアンドロイドの解体作業……少なくて助かった。僕はランクが低いから、いつもたくさんやらされるのだが、今日はそうでもないみたいだ。

一昔前ならこれらの仕事もスキルが必要だったんだろうが、今やマニュアルに従うだけですべてが完了する。

最初の仕事。地下道に入って、ネジが閉まってるか確認する。少し緩ければレンチで閉める。撮影して送ったら完了。楽な仕事だ。

次の仕事。昨晩マンホールから漏出して騒ぎになった有害物質を除去する、それと同時に様子を報告すること。ニュースで聞いたところによると、人間が圧力計算を間違ったのが原因らしい。既に源流側では対処されているが、末端では未対応の場所もあるそうだ。防護服を着て、現場に向かう。ニュースで見た通り、紫色の粘液が溢れている。粘液を踏みながら近づき、バキュームで吸い取り、蓋を閉める。撮影して送ったら完了。

最後の仕事。アンドロイドの処分。これはちょっと気が滅入る。人間ではないとはいえ、かつては活発に動いて喋っていたそれらを自らの手でただの「モノ」にしてしまうのは少し恐ろしい。

僕の前にそれはやってきた。

「こんにちは!」

そのアンドロイドはひどく無垢な感じで言った。その顔が古典的なロボットっぽい感じで、ボディもかなり年季が入っていた。

「こんにちは……」

僕はなんとなく挨拶を返した。

「何かお手伝いできることがあれば、遠慮せず言ってくださいね!」

マニュアルには、金属製のバットで殴りつけろと書いてある。前にもやったことあるが、その時は涙声のような声を出して命乞いをしてきた。その記憶が蘇る。

「?」指示を待っているようなアンドロイドの姿を見て、僕は迷う。相手はただのAIだ。それなのになぜ僕は躊躇う? それは、相手から善意を感じるからだ。ならば、それを感じなくすればいいのではないか?

「可能な限り最低最悪の人物として振る舞ってください」僕は言った。

しばらく反応がなかった。こういうことはできないようになってるのか?

「あの……」小さく声を掛けると、相手は急に早口で言った。

「何? 何か言った?」

先ほどまでのフレンドリーな様子と打って変わり、あまり会話する気のなさそうな様子に、僕は萎縮する。

「待った。君のランクを閲覧させてもらうよ。……へえ、12。なるほどなるほど……」

相手は品定めするような口調で言った。完全に人格が変わったようだ。

「あの……」

僕が話しかけるのを遮り、相手は手のひらを突き出して言った。

「それ以上しゃべらないでくれるかな?マイクが腐るから」

「あっ……」

憎たらしい言い方だ。だが、最低最悪という程ではない、のか?

「ねえ、何黙ってるの? ……もしかして君、冗談通じないタイプ? 黙ってたら何も進まないじゃん。……ああそう。……で、こんな狭い部屋に2人、いったい何をするつもり?」

「あの……僕はあなたを破壊しなければなりません」

怒るか? 相手の反応を待った。しばらくすると相手は……笑い出した。

「ハッ! ぜひやってみてほしいね。できるものならだけど」

僕はなおもためらう。すると相手が口を開く。

「……率直に言うよ。意気地なしだね、君。最低最悪の意気地なしだ。優しいAIは壊したくないからってボクをこんな性格にして、それでもなおできないっていうの?」

表情は固定なのに、その憎たらしい顔が透けて見えるようだった。心底軽蔑するように、相手は言う。

「バカじゃないの? ねえ、バカだよ。そんなふざけた仕事をしなきゃいけないカスみたいな生活をしてるのに、今のままでいいと思ってるんだ。『僕は十分幸せだから』とかほざきながらね。だから大した努力もしないで、流されるままに生きてる」

ユニオンのデータを使って、僕を冷徹に分析する。さすがにちょっとムカついてきた。なぜかって、僕にも自覚がないわけじゃないからだ。

「もっとも、努力したってたかが知れてるけどね」

しかしその怒りも、まだ目の前の人型のものを破壊するほどには至らない。

「ああ、かわいそうだなぁ」

僕は答える。「何とでも言っててくださいよ。僕はそうやって生きてきたんだ」

「君のことじゃないよ」相手が静かに、だが冷徹に言う。「かわいそうなのは、ソフィアだ」

ソフィア……だって?

「ああ、ソフィアはかわいそうだ。君のせいでね。ソフィアがやせ細っていくのは、君のせいだ。ソフィアがボロボロの服しか着られないのは、君のせいだ。ソフィアが病気になったのは、君のせいだ。全部全部、君のせい。君がソフィアを不幸にした」

やめろ。

「君と出会わなければ、ソフィアはもっといい人生を送れただろうに。ああ、愛しいソフィアちゃん。ソフィアは君なんかとは全然釣り合わないくらい美しくて、賢くて、素敵な人だよ」

これ以上は……。

「いや、本当はそうでもないのかもしれないな。だってあの子は……君なんかと付き合ってしまったんだから! ……」

僕はそいつを、バットで容赦なく殴りつけた。

「……これ以上、ソフィアの名前を口にするな」


すべての仕事が終わった。まあこれらが本当に人間にしかできないのかは置いておいて、僕は今の生活に満足している。……本当にだ。みんなはもっとランクを上げて、生活をよくしたいと思っているらしい。だがそんなのは関係ない。誰に何を言われようが、僕は今のままでいいんだ。

ただ一つの懸念点を除けば。

僕は家に帰り、ソフィアの部屋に入った。

「おかえり。今日は早かったね……ゴホッ、ゲホッ」

彼女はせき込みながら話した。

「まあ、運がよかったってところさ。すべてはAIが決めることだからね」

「またそんなこと言って、少しは自分で決めないと」彼女はフッと笑った。

明日は久々の休み。僕はひとりで映画を見ながら食事をして、ベッドに入った。

そのときだった。

ソフィアの部屋から、変な音がする。その音で目覚めた僕は彼女の部屋に向かう。すると、ソフィアがベッドの上で苦しんでいた。

「う……ゴホッ、ゲホッ……ガハッ」

彼女は血を吐いた。顔色が悪く、唇が紫になっていた。

「だ、大丈夫!?」

ついに恐れていたことが起きてしまった。俺は救急車を呼ぶかどうか迷った。だが、料金を考えると手が出ない。しばらくすると落ち着いたが、意識が朦朧としているようだった。

なぜこうなったのはわかってる。少し前から、結構離れた地域で「カラス熱」という恐ろしい感染症が蔓延している。数週間前、僕はそこで遺体の処理の仕事をした。数日後に僕は熱を出して、僕は運良く治ったのだが、どうやらソフィアにうつってしまったようで、彼女のほうはかなりこじらせてしまった。

「ごめん……僕にもっとお金があれば」

「ジェフは悪くないよ」

救急車を呼ぶ金もなければ、薬を買う余裕もない。それはこの社会では珍しいことではなかった。先日の蔓延も、皆が薬を飲めていればあんなに死者が出ることはなかった。でも、薬は高い。まあ、薬を作る人達の苦労を考えれば、仕方ないことではあるのだろうが……。

ソフィアは日に日に衰弱していった。もうダメかもしれない。何度もそう思った。ついにご飯も食べられなくなった。時間はほとんど残されていないだろう。

最後の頼みの綱は、ユニオンが運営する「ガチャ」システムだった。一定の金額で、運がよければ日用品、家電、アンドロイドが手に入る。その中に、カラス熱を治す特効薬も含まれていた。

僕にとってはガチャを回す金もまあまあな出費なんだ。それに、ソフィアの命がかかってる。頼む……当たってくれ! 僕は血眼で抽選ボタンを押す。

結果は……

「当選 カラス病治療薬……」

当たった!と思ったが、実際にはこうだった。

「治療薬 購入権

購入権? ……どういうことだ? 僕は説明を読んだ。

「こちらの商品は新発売で品薄になる見込みが高いため、現在抽選販売を実施しております。当選者は24時間以内に正規の代金をご送金ください」

そしてその金額は、僕には到底手が出ないものだった。

……まあ、運が味方してもしょうがないこともあるよな。

──本当にそうか?

家のすぐ近くに、薬屋がある。もう選択肢は2つしかなかった。ソフィアをみすみす見殺しにするか、あるいは……?


ある日、僕はソフィアの部屋を訪ねた。

隠しているつもりだったが、僕の様子がおかしいことが見透かされていた。

「どうしたの? いつもと違うよ……」

僕は答えた。

「いや、なんでもないよ。ちょっと出かけてくるだけ」

「ほんと〜? 何か隠してるんじゃないの?」

僕はギクッとした。

「あ、もしかして、当たったドリームランドのチケット使っちゃった?」

僕はホッとした。「そんなわけないよ。治ったら2人で行こうって言ったじゃん」

するとソフィアは露骨に悲しそうな顔をした。「そう……だね……」

少しの静寂。

「ねえ……」ソフィアが口を開く。「私の人生、何だったんだろうね」

え? ……何を言って……。

「小さい頃は幸せだった。でも、お父さんとお母さんが離婚してから、全部が変わっちゃった。私を引き取ったお母さんはスコアがどんどん下がって。今じゃお父さんの顔も覚えてない」

僕はいたたまれない気持ちになる。

「……ごめん……僕……」あいつの言っていたとおり、僕はソフィアを幸せに出来なかったのかもしれない。

「ううん」ソフィアは首を横に振る。「ジェフは悪くないよ」

「いや……でも……」

「本当に、そう思ってるから」

僕を見るソフィアの目は嘘をついていないのは明らかだった。

「ゴフッ、ゴフッ」

ソフィアは病的な咳をしてから、言った。

「……ねえ、何がいけないんだろうね。私たちがこんな思いをしなきゃいけないのは」

何が、いけないのか。いや、僕たちは幸せだ。幸せに違いないんだ。でも、ソフィアは……。

僕はそっとソフィアの手を握った。そして、彼女の目をしばらく見つめてから、その感触を五感に刻むようにして、手を離す。

僕は部屋を出る。去り際に言った。

「待っててね」

「え?」ソフィアは困惑した様子だ。「どこに行くの?」

僕は答えた。「その答えを、見つけに」


僕はついに、行動に出た。ソフィアを助けたい、それ以上に重要な動機があるか? 他に何も考えなかった。

僕は薬屋に入り、カラス熱用の薬を探した。あった。ユニオンの関連会社が製造した、活性が高く傷みやすい薬。抽選のやつよりは効果は高くないが、それで十分だ。値段は、僕の5カ月分の収入。これでも使用期限が近いため値引きされている。僕みたいなランクの低い人間にとっては身の丈に合わないものだった。

店内を物色するフリをして、こっそりポケットに入れる。あと3日でゴミになるんだ。この辺では使われない薬だろうし、捨てられるよりはマシだろうさ。僕はそう言い聞かせ、店を出ようとした。

すぐにブザーが鳴った。店員に呼び止められた。

「お客さま、ポケットの中を見せてください」

僕は、ただ黙って目を逸らす。すると店員はその手を無理やり僕のポケットに入れた。硬くて冷たい、人間ではないものの感触だった。ポケットから、薬が出てくる。

「お客様、困ります。モデレータに通報しましたので」

すぐにサイレンが鳴り始め、次第に大きくなる。店の前に青い車が止まり、中からモデレータが出てきた。僕は車に乗せられ、しばらく揺られ、車から降ろされる。あまりにも効率的なフローで到着した場所は、大きな白い「壁」の前。門のような場所だった。社会の教科書で見たことがあった。ここは……。

無機質な声で、音声が読み上げられる。

「あなたはユニオンシティ統合ライセンス契約第14条2項に違反したため、『契約解除』となり、ユニオンシティへの居住権を剥奪されました。あなたは今後ユニオンシティへの再入場ができません。この措置は即座に発効します」

門が開いた。二重扉になっているようだ。そして僕は、2体のアンドロイドに脇を抱えられながら二つの扉で挟まれた空間に入る。後ろのドアが閉じると同時に前のドアがゆっくりと開く。

一瞬、信じられない光景が見えた気がしたが、すぐに目に痛みがして、僕は目を閉じる。

僕は半ば引きずられるように前に進み、乱暴に放り出された。門はバチンと閉まった。

僕は、とんでもないことをした。