永遠のゆく先へ #15「ユージンの友人」

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千本槍みなも@ナタクラゲ
5632文字12分で読めます

少女は浮遊する。

自分が何者なのか。なぜここにいるのか。それすらも分からなくなってきた。

少女には記憶がなかった。記憶は人格のすべてだ。記憶を失うのは……自分をすべて失うようなものだ。

少女はもがいた。私はどこ? 何が好きだった? 何をして遊んでいた?

……その時、何かが見えた。

「博士。やはりあの顔は……」
「……お前の仕事とはなんだ? フィーネ」
「……対象と被検体0号を回収し、目撃者を抹殺すること。……それ以外にはありません」

ここはどこ? 大統領室のような場所で、男が高級そうな椅子に座っている。机の前には、黒い強化スーツを着た少女が立って、話している。顔を隠すヘルメットはつけていない。今は、後ろ頭しか見えない。

「そうだ。そしてその中には、余計な知識を得ることは含まれていない。お前が知るべきことじゃ、ない」
「……了解しました」

黒いスーツの少女は、振り返った。

その顔は……。


ワンは火球を作り始める。

「クソっ! このままここで……」
カナタは涙目で叫ぶ。その腕は空中に張り付けられたままだったが、少し動いているようにも見えた。

「考えろ……」リカが言った。
「本質は変わらない、はず。ツーとスリーはエクステンダーでワンの力を間借りしているだけだ。ワンさえ崩せば」
聡は問う。「あいつの力は、トワと同じか?」
「そのはずだけど」
「トワの実験を思い出すんだ。力を使うと血糖値が乱高下する。血糖値が急降下すると一時的に眠気やふらつき、意識障害が起こる」
「なるほど、それを狙うのか」
「相手に人間の常識が通用するならだが……」

「それまで耐えきれればね……」カナタは言った。
火球はどんどん大きくなる。文字通り絶体絶命の危機だ。
「今までなんとか勝てたのはトワの力のおかげだった。今はもう……」

まさに火球が放たれようとした、次の瞬間。

ブーーー!!!

けたたましいブザーが近くで鳴り響いた。
「な、何だ?」

その時、部屋の壁に大きく張られたスクリーンに、見覚えのある顔が映った。

「……トワ?」

そのとき、ワンの動きが、一瞬止まった。

その瞬間、ワンは火球を一気に大きくしていく。

「!? 何……!?」マリたちは硬直したまま動揺する。
「私たちを葬るだけなら、あんなに大きくする必要はない!」
リカがそう言う間にも、火球は激しさを増す。ラボの設備の一部も溶け始め、化学物質の臭いが立ち込める。

〈ワン、一体何を……!?〉
〈力が……足りません! 拘束が……〉
ツーとスリーの声が聞こえてきた。

「……我を失っているのか?」聡は言った。

カナタは、自分の腕が自由に動かせることに気づいた。

「なんだかわかんないけど……今だ!」
カナタは手に持っていたダウジングロッドを、全力でワンに投げつけた。1つ目は外した。
「うおらあァァァァッ!!!」しかし2つ目は……ワンのヘルメットに当たった。

ワンのヘルメットにひびが入った。ふらつきながら、後ろに倒れる。

その瞬間、火球が大爆発を起こした。

「ああッ!」その場にいた全員が目を塞ぐ。

次に目を開けた時、黒スーツの3人は部屋の隅に倒れていた。

〈ゲフッ……博士……ワンが……〉

ワンは、見るも無残な姿になっていた。スーツは血だらけ。右腕は吹き飛び、左の膝は逆側に折れ曲がっていた。また、ヘルメットのバイザー部分が割れて……顔が露わになっていた。

その顔を一瞬見て、マリは、驚愕した。

〈プロト・ラボと観測機は……放棄。退却する〉
血に溺れるような少女の声とともに、3人は白い光を出した。
「ま、待て!」
カナタが叫んだ頃には、彼らは消えていた。

ラボのあちこちで火がついていた。しばらくの間、そのパチパチという音だけが鳴り響く。

「た、助かった……の?」
カナタが息も絶え絶え言った。
「あの爆風に巻き込まれて、私たちが無事なのは……」
リカが後ろを振り返る。3つの赤い光を放つ、小さな機械。

「いや、まだだ。ここはもうじき燃え尽きる。手作りのラボならなおさら」
聡が言うように、炎は激しさを増していく。
「でも、ここから出る方法なんて」カナタが言った。

その時、リカが機械に手を触れる。
「何してるの?」カナタが叫ぶ。
「さっきスクリーンにトワが写ってた。きっとこの装置は……あいつをここに呼び出すための装置だ。敵はトワを時空の狭間に弾き出して、ここで呼び戻す作戦だったんだ」
リカがそう分析する。
「じゃあ、あの爆発から私たちを守ってくれたのは……」
カナタがスクリーンを見た。何も映っていない。

「奴らはこれのことを、『観測装置』と言っていた。それがエレメントの本質ならあるいは……」聡が言った。
「どういうことですか!?」カナタが尋ねる。
「必ずしもトワを無事に呼び戻せる保証は……ないということだ。最悪の場合、彼女の死体がここに現れるだけかも……」
「な、何でそうなるんですか!?」
「いや、わからない。これは単なる連想でしかないが……おそらく今彼女は、あらゆる可能性が重ね合わされた状態なんだ。存在が不安定になっていると言ってもいい。それほどマクロな系がそうなるとは信じがたいことだが……君が経験した怪奇現象もすべてこれで説明がつく」
「何を言ってるのか……わからないんですが」
「つまりこういうことだ」リカは言った。「私たちにできることは、ただ、祈るしか……」

3人は顔を見合わせ、うなづきながら、同時に機械に手を触れた。

「トワ……帰ってきて!!!」

次の瞬間。周囲は白い光に包まれた。


気が付くと、4人は土に覆われた空き地の上に立っていた。

いや、4人ではない。もう一人いた。

「は……トワ!!!」

そこにいたのは紛れもない、あのトワだった。カナタが駆け寄り、抱きしめる。

「よかった……よかったよぉ……」カナタは情けないくらいに泣きじゃくりながらトワを抱き寄せる。マリもリカも胸をなでおろした。

「無事だったか……?」リカは小さい声でトワに問う。
「私は大丈夫です……。それより皆さんは? 何か大きな音を聞いたような気がするんですが」トワは他の皆の心配をし始めた。
「散々な目に遭ったよ」
カナタは、トワがいなくなってから起きたことをすべて話した。

「皆さん、私のためにそこまで……」とトワ。
「当たり前だよ! トワっちは私の……私たちの、家族なんだから」カナタはにっこり笑う。
「私が残した絵のせいで……皆さんを危険にさらしてしまった」トワは申し訳なさそうだ。
「え、あれは君が残したものだったのか?」
聡が驚きながら尋ねる。
「はい……あの時一瞬、この世界と繋がった気がして……念じていたら、いつの間にか生まれたものです」
「じゃあ、敵の罠ではなかったのか……」
「おそらくこういうことだ。お前はエレメントを見つけ、その場所を絵に残した。しかしそれは、敵が仕掛けた観測機に入ってたものだった。私たちはそこに向かった。敵はお前を捕まえるためにそこで待ち構えていたので、私たちの接近に気づき、地下に引き入れて葬ろうとした」
リカは、そう分析した。

「だが今やその地下室も………土に埋もれて無に帰しているだろう。あの地下室はエレメントで維持されていた。それを今しがたトワが回収したのだから」
聡のその言葉に、トワがペンダントを握りしめる。

「……あたしたちを助けてくれたの、トワっちなんでしょ?」
カナタが尋ねたが、トワはうろたえた。
「実は……あんまり覚えていなくて。地下の実験室みたいなのが見えたような気はしたんですけど……」
トワは気まずそうに言った。「すみません、もう少しはっきりした方がいいですよね……」

トワは続ける。

「私、皆さんと離れ離れになっている間……すべてが曖昧だったんです。自分の名前も、目的も、過去も、自分という存在自体が、はっきりしない感覚で……きっとそこが時空の狭間だったから。いや、違う……皆さんに初めて会ったときから、ずっとそうでした。記憶を失ったからか、自分って何なのかわからなくて。そんなのって……変ですよね?」

トワは、自嘲気味に笑った。

「……いや」

そう首を横に振ったのは、マリだった。
「変じゃないよ。だって、私もそうだから。理由とかないけど。それが普通なんじゃないかな」
マリは続ける。「夢とかないし。目的もわからない。……まあ、2人は違うかもしれないけどね」

「同じだぞ」リカが言った。「私だって、大発見をしたいなんて言って、具体的なことは何も決まってないからな」
「あたしも昨日、保育士さらっと諦めかけたし……まあ、記憶をなくしたことなんてないから、トワっちの苦労が全部わかるわけじゃないけどさ」カナタは笑顔で言った。

マリは言った。「自分って、友達に見つけてもらって、初めて決まるものなんじゃないかな」

「皆さん……」トワは震えた声で言った。
「私、ますます思いました。必ず父の元へ帰る。そして、真相を知りたいんです。エレメントって何なのか。私は何者なのか」
トワは決意に満ちた目でマリを見た。

「しかしまさか、こんなことが起きるとは……」
聡が呟く。彼はエレメントの力の戦いを見るのは初めてだったわけで、ショックを受けたようだった。
「ウ……」マリはあの光景を思い出した。ワンは腕を失い、足も折れていた。ワンだけじゃない。ツーもスリーも血まみれになって、大怪我をしていた。そのグロテスクな光景を見て、気分が悪くなった。リカもカナタも顔をしかめていた。
「……止めますか?」カナタは目を細めながら尋ねる。

「……」聡は少し考えて、言った。
「確かに、こんな危険を冒してほしくはないが……君たちなら大丈夫、なぜかそんな気もしている」
「お父さん……」リカは父を見上げて感嘆する。
「学校が始まったら忙しくなるが……何かあったら、いつでも大人を頼ってくれ」
その目には、子どもを見守る親……だけではない何かがあるようにも見えた。

いい雰囲気になっているところで、トワが切り出す。
「そう言えば……時空をさまよってる間、私、夢のようなものを見たんです」
「夢?」カナタが尋ねる。
「はい。最初に言った、私の父の夢です」

トワは語った。檻のような場所に閉じ込められて、一緒に閉じ込められていた父を名乗る人物からエレメントの話を聞かされた話。ここまではマリたちも一度聞いていた。だが、初めて聞く事実は……檻の外から来た男の、「実験の時間だ」と言う言葉。

「実験……つまり君は、何かしらの研究の被検体だったと」聡が言った。
「その研究って……」カナタが言った。
「もしかして、それが『博士』とかいうのに関係あるとか?」とリカ。

トワはさらにもう一つの事実を語った。
「そう……あの後、私は檻から出されて……何かを頭につけられて、そしたら……目の前が急に白くなって……」トワは言った。「だんだん自分が曖昧になって……次元の狭間に……」

「まさか……」リカが言った。「今回が初めてじゃないってこと……?」
「はい……覚えのある感覚だったんです。そう、皆さんとお会いする直前……空から降ってくる直前まで、私はそうなっていたんです。ずっと長い間。体感的には、何年では済まない……何十年、何百年、何億年かもしれない……それくらい、長い間」
「何てことだ……」リカは頭を抱える。

トワは何かしらの実験のために監禁されていた? そして、その実験の最中に次元の狭間に送られた。そして、そこで途方もない時間を過ごした後……マリたちと出会った。

「何か他に、思い出したことは?」
カナタが尋ねる。「例えば、あの黒スーツたちのこととか……」
「黒スーツ……」トワは記憶をたどった。
「そう言えば、何かを見たような気も……すみません、忘れてしまいました」

「まあ、徐々に思い出してこうよ」

慰めるカナタをよそに、マリは思考を巡らせていた。

マリはあの地下室で見た……重傷を負ったワンのヘルメットから覗いた、あの顔を思い出した。

……あれは、どう見ても、トワの顔だった。

「そう言えば、さっきの地下室、私はどこかで……」

ワンの正体は……トワなのか? いや、そんなはずはない。私はこの目で見た。トワとワンが対峙し、戦う姿を。2人が同一人物であるはずがないのだ。

これに気づいたのは、私だけか? いや、みんな見てたような気がする。皆、気にしないようにしてるだけなのか?

わからない。今日はいろいろなことが起きすぎた。もう、帰って……寝よう。


「いやあ、今日は大変だったね」
「……はい、でも、おかげさまで助かりました」

暗い玄関に、明るい少女とドレスを着た少女が帰ってくる。

「ちょっと遅くなりすぎちゃったね。パパとママに怒られるかも」
「……ハハ、そうですね」

明るい少女は頬を膨らませる。
「もう、いつからそんなに他人行儀になったの? あたしたち、家族でしょ。敬語なんて使わなくていいんだよ」
「……う、うん……そう……ですね」
「ほらぁまた! もう……昔からそうやってあたしを困らせて……」

笑顔の少女は、ドレスの少女の前に立って、呼びかけた。

「ねえ……ハル?」

(続く)