永遠のゆく先へ #14「残された絵」
いつもの市民公園。リカは背を向け、カナタはそれを睨んでいる。
「だいたい、エレメントはいつも大昔、あるいは地球から遥か遠くにあるだろ。都合よく現代の地球で見つかるわけないし、あったとしてもどう使うんだって話だ」
「……エレメント見つければいいって言ったの、あんたでしょ」不満そうなカナタ。
「そう思ってたが、そう簡単じゃないことが示された。それだけのことだ」
「……なにそれ。全っ然、理解できない」
なんだかこんなことばかりだ。
その時、カナタがまた何かに気づいた。
「……ねぇ、やっぱり……」
カナタは遠くの芝生を見ながら立ち上がる。
「だから……一体何が見えるってんだよ」リカは呆れる。
カナタはその場所へとゆっくり歩いていくと、何かを拾い上げた。
「やっぱり何かあった!」
「まさか……そんなワケ……」リカが疑いの眼差しを向ける中、カナタはそれをこちらに持ってきた。
「……絵?」
そこに落ちていたのは、コピー用紙に鉛筆で描かれた、とある街の風景の絵だった。それは、いつもトワがペンダントで映し出す映像のタッチにそっくりだった。
「まさか……トワっちが……?」
ここにいる……ということなのか? あるいは、エレメントの位置を指し示している、とか?
3人はその紙を見た。
「これは……空き地?」
カナタの言うとおり、絵に描かれたその区画は、ちょうど戸建てくらいの広さで、建物が建っておらず、土に覆われていた。この場所に一体、何があるっていうんだ?
「……」リカはきまりが悪そうにしばし無言でそれを眺めていた。だが、やがて口を開く。
「……とりあえず、この場所を特定するぞ」
「でも、どうやって」とカナタ。
「……頼むんだよ。お父さんに」
「場所がわかったぞ」
リカの家。彼女の父、聡はタブレット端末の地図アプリを開き、3人に見せる。
「群馬県の、だいたいこの辺りの地域だ」
確かに、紙に描かれた風景とよく似たものがアプリにも表示されている。
「しかし……たったこれだけの情報でよくわかりましたね」とカナタ。
「忘れたかい? ISCの情報網をなめてもらっては困るな。こういうのが得意な人がいるんだ。周囲の特徴的な建物から特定したらしい」
ISC。聡が所属している、在野研究者のネットワークだ。
「しかしよりによってこの場所とは……」聡は、含みのある言い方をする。
「何か問題が?」カナタが尋ねる。
リカが横から答える。
「ニュースでやってたろ。最近このあたりは水害が多くて、もう住めないってことで集団移転になった。ほら、関連水害ってやつだ」
「そう言えば、そんなこと言ってたような……」カナタは首をひねる。
聡はタブレットを操作して、言った。「立ち入りまでは制限されてないらしいが……もしよければ、私がそこに案内してもいいが。今度の日曜にでも」
「ほんとですかっ!」とカナタ。
「ああ、私も何があるのか気になるからね。それに、君たちにはなるべく協力したい。前は少し失礼なことをしてしまったからね。それに、君たちは梨花の友達だし」聡は言った。
「ちょ……お父さん……」リカは照れくさそうだ。
「たった一人の娘だ。妻にも先立たれてもう8年になるか。だから、この子だけが私の希望なんだ」
唐突な話に、沈黙が流れる。
「……妻は医者でね。その日もクリニックで働いてたんだ。その間私と梨花は2人で、上野の国立科学博物館の特別展に行っていたんだ」
「……え、ということは……」カナタが震えながら尋ねる。
「……リカちんの出身地って……?」
「……あれ、言ってなかったっけ」リカはそう言って、出身地を口にした。
「……御殿場市だよ」
マリは思った。みんな大切な人を失ってるんだ。これ以上失わせるワケには、いかないだろう。
次の日曜日、マリたちはリカの家に集まった。
「さあ、こっちだ」
聡に連れられて入ったガレージには、灰色の大きなバンが停まっていた。
さっそく乗り込む。聡の運転で、マリとリカは後部座席。カナタが助手席だった。後ろを見ると、荷室は何やらスコップやツルハシ、怪しい機械や虫かごのようなものなど、研究で使うのであろう様々な道具でいっぱいだった。
ほのかにラベンダーの香りがする。その奥に、土や化学物質の匂いも微かに漂う。
聡はカーナビの目的地をその場所にセットした。
「いざ、トワっちのいる場所へ!」助手席のカナタが威勢よく叫んだ。彼女がいれば退屈しなそうだ。
「国道沿いをまっすぐだ。1時間ぐらいで着くだろう」
聡が言うと、カナタは言った。
「ねえ、何する? ババ抜き?」
「トランプ持ってきたのか?」とリカ。
「いや……じゃあ、あれやろうよ、クロッキー」
「クロッキー?」マリが聞き返す。
「え、知らない? ナンバープレートで黒地に黄色文字のやつを探すんだよ。一度見つけたのと同じ車は他の人はもうカウントできない。最初に3つ見つけた人が勝ち」
「なんだそりゃ……小学生の遊びじゃねぇか。だいたいそのナンバープレートは事業用軽自動車の意味で……」
「はいはいわかったわかった。つまんないんだからさ。じゃ、音楽でもかけようか。いいです?」カナタが聡に問う。
「構わないが」聡が返す。
「じゃあ最近流行りのやつで……」
〈ハンガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!!〉
カナタが再生ボタンを押した瞬間、つんざくようなギターと激しいドラム、そして叫び声が車内に大音量で流れた。
「わっ! びっくりした……なにこれ」カナタが片耳を塞ぎながら急いで停止した。
次に口を開いたのは聡だった。「おっとすまない、それは私の趣味だ」
(意外だ……)マリとカナタは同時にそう思った。
静寂が流れる。
リカが前の座席を叩いて言った。「おい、何かしようってお前が……」
リカは前の席を覗き込んだ。
「スー、スー」よく見ると、カナタは目を閉じて寝息を立てていた。
「こいつ……」リカは前の座席を両手でつかみながら震えていた。
「……おい、着いたぞ、起きろ」
カナタだけでなく、マリもいつの間にか眠ってしまっていたようだった。リカに起こされ車を出ると、そこは……。
「普通の……住宅街?」
だが、何か違和感があった。
「なんとなく、……活気がないというか」
実際、家々の窓には板が打ち付けられていて、ところどころ空き地もある。人の姿も見えない。
「この辺りなのは間違いないの?」リカが彼女の父に尋ねる。
「ああ、そのはずだが……」
その場所は、角を曲がったところにあった。
「すごい、絵の通りだ」
カナタが言うように、公園に落ちていた絵と全く同じ光景が目の前に広がっていた。まさに空き地。土に覆われた、数年前まで家があったのだろう場所。周囲は空き家らしき家で囲まれている。
「いったいどんな人が住んでたんだろうね」とカナタ。
「さあね。それがわかることはないだろうさ」とリカ。
「きっと、家族と子供が過ごしてたんだろうね。元気に伸び伸びと育って……」
「もういいだろ。探すぞ……お父さん、ここって入っていいんだよね?」
「ああ、ISCのコネで、法的な面はクリアしてある」聡は答える。
「ふええ、ISCもエレメント並みに万能だね」カナタは苦笑いした。
4人は空き地に足を踏み入れた。
「あとは技術的な問題か……」
この空き地にエレメントがある、はずなのだが、まったくそんな気配はない。
「冥王星のときみたく、また地下にあったりしてな」とリカ。
「でも、地下に行く方法なんてないよ」
カナタの言うとおり、地下に続く穴や階段の類いが無いのは一見して調べるまでもなかった。
リカとカナタは懐から同時に何かを取り出した。
「これを使えば……」
リカのエクステンダー。カナタのは……ダウジングロッド。2人は小突き合いながら空き地の中を歩き回った。
「あんまり期待できないなー……」聡は遠くから、手厳しい言葉を呟いた。隣にいたマリは愛想笑いをしていた。すると、聡はマリをチラと見て、言った。
「……君は、どう思う?」
「……えっ?」急に尋ねられたマリは困惑した。
「急にいなくなったトワ。彼女が残したと思わしきメモ。それがなぜか現代の日本の……この場所を描いていた……」
「……どういう……意味ですか?」
「君たちの話を聞く限り、エレメントが何で、どこからやってくるのかはまだ見えてこない。……ただ、今回のに関しては、少々不自然すぎはしないだろうか」
「……つまり?」
「もしこの下にいるのがトワでないなら、いるのは……」
その時、マリは非常に嫌な予感を察知した。
「……2人とも、こっち来て!」
マリにしては精一杯の声で叫んだつもりだったが、それでも全然足りなかったようだ。
直後、4人は視界が目まぐるしく回転するのを体験した。
気がつくと、4人は知らない場所に飛ばされた。みんな尻もちをついて、辺りを見回す。
「ここは……」
薄暗く、ところどころの小さなLEDが空間を照らしている。そのLEDは、何かしらの大きな機械に取り付けられているようだった。
「研究室……か?」
リカが言うように、大きな机と棚、顕微鏡のようなものがいくつも見える。ただ、そんなに広くはなく、15畳くらいの広さだ。全体的に手作り感がある。
「ホームラボか。うちも似たような雰囲気だ」聡はそう言って、目の前の機械を指さした。「こいつ以外はな」
「何ですかこれ」カナタが聡に尋ねる。
「わからない。だがこの光は……」その機械は机の上に置いてあった。四角く、弁当箱くらいの大きさ。上面の中心には、赤い3つの光が三角形に並んでいる。機械からはケーブルが伸びており、裏側の大きなコンピュータのようなものとつながっている。
「もしかして、エレメントがこの中に?」
地図をよく見ると、端に3つのバツマークが描かれている。この箱の光の配置とそっくりだ。
「見っけ……」カナタが手を伸ばしてそれを取ろうとする。
聡が叫ぶ。「待った! この場所は……」
言い終わる前に、バッという音がして、部屋の電気が着く。
その時、4人はもう動けなくなっていた。
「クソッ……やられたか」聡は言った。「こいつらが例の三羽烏……」
そこに立っていたのは、黒いスーツを着た3人の人物。ワン、ツー、スリーだった。
「おい、トワっちをどこへやった! 答えろ!」カナタは叫んだ。
「土壁……」マリは言った。さっきは暗くて見えなかったが、このラボの壁は土壁だった。
「いや違う。……本物の土だ」
リカが指摘したとおりだった。さらによく見ると、このラボの天井全体がドーム状になっている。
「このラボ自体がエレメントの力の産物ということか。……そうなんだろ?」
三羽烏は答えない。
「ねえ、この間は少しずつ動けたけど、どう?」カナタが尋ねる。
「いや、全く。対策済みってことなんだろうな」リカは視線だけで自らの硬直した腕を見る。「あるいはここがこいつらのホームだからって可能性もある」
カナタは叫ぶ。
「なあ、お前らいったい何者なんだ!? お前らを指示してる博士ってやつは何者なんだ!!?」
彼らは、何も答えない。
(続く)
