永遠のゆく先へ #7「親フラ」
「ほら、ここは先週やったとこだぞ。ジョン・ロックが唱えた権利。それを何て言うかって聞いてんの」
不満そうな先生の声が、教室に響き渡る。マリの前の人が当てられて、答えられなかった。悪い流れだ。この先生は3人連続で答えられないと厄介なことになる。今のが2人目。つまり......。
「ほら、利根川はどうだ、答えられるだろ?」
「......えっと」
生徒たちは誰もマリを直視はしなかった。だが、その一人一人から鋭い視線が向けられているような気分だった。
「ほら、『て』から始まるあれだぞ、て.........」
「て......て......」
真っ白になった頭を必死に回して、記憶を検索にかける。だが、残念なことに何も出てこなかった。
「徹夜明けなのでご勘弁をぉぉ!」
学年末試験直前だというのに、お説教で授業が丸つぶれ。ちなみに、さっきの答えは「抵抗権」らしい。先生はその偉大さを力説していたが、私たち生徒にはその抵抗権はないんですかと言いたくなる。
そんなことを考えながらとぼとぼ帰ろうとしていたマリは、ふとあることを思い出し、トークアプリを開いた。
カナタが粉まみれのトワと一緒に自撮りした写真。それに社交辞令的にスタンプを返すマリ。その履歴に続いて、カナタがメッセージを送ってきていた。
「エレメント見つかったっぽいんだけど。明後日あたりでどう?」
それはトワがエレメントの位置を察知したことを伝えるものだった。そして、その明後日が今日だったのだ。
マリは一瞬「前回」のことを思い出した。あれはあまり思い出したくない記憶だった。けれど、乗りかかった船、今さらすっぽかすわけにもいかない。マリは一人で、いつもの公園へと立ち寄った。
いつもの場所に向かうと、カナタとトワが先に待っていた。カナタはこちらに気づくと、大きく手を振った。その顔は、いつ見てもまぶしい。
「あれ、リカちんは一緒じゃないんだ」
前回は、マリはリカと一緒にここに来たのだった。同じ学校かつ家が近所だから、一緒に帰ることもできる。しかしそうはならなかった。マリはそのことに若干の気まずさを感じてもいた。
「まあいいか、もうすぐ来るでしょ」カナタが言った。
ところが、10分待っても、30分待っても、リカは現れない。
「遅いな......あれ、既読ついてない」
それは、リカがチャットルームを開いていないことを意味する。
「大丈夫ですかね」とトワ。マリは一瞬、胸騒ぎがした。この間のことを思い出したのだ。『いろいろ考えるからさ』というリカの言葉を思い出す。
「どうしよう......置いていくわけにもいかないし」カナタが頭を抱えた。
その時、ふと背後に気配を感じる。リカだった。
「あ、よかった」
カナタが安心するように言うと、リカは一瞬目をそらしてから、「なんだよ、ほら、さっさと用事済ますぞ」と平然と言った。あれだけ言っていたけど、なんだかんだ楽しんでたときもあったし、まあ、心配することもなかったな。マリはそう思った。
「それじゃ、出発しますかね」
トワはペンダントを掲げ、空間に映像を映し出した。そこは、岩の地面が広がる場所。
「またこんなところかよ」とリカ。
「映えな~い」とカナタ。
確かに、砂漠というか岩の多い場所にばかり行っている気がする。
「エレメントが集まったからか、結構正確に場所がわかるようになりました」
トワがそう言うと、映像は人間の背丈ほどの大岩を映し出す。「この中に埋まってます」
「もしかして、ドリルとか必要?」とカナタ。
「いえ、おそらく私の力でなんとかなるかと」とトワ。傍から見たら、華奢な少女の発言とは思えないだろう。
「じゃあ、出発しましょう」
トワがいつもの儀式を始める。そよ風が雑草を揺らし、それは指数的に強くなっていき、やがて暴風となる。すさまじい光が放たれ、目を開けていられなくなる。
その中で、ふと見えたリカの顔は、逆光のせいか陰って見えた。
全てが、収縮する。
前情報通り、そこには見渡す限り岩の大地が広がっていた。同時に、うだるような暑さが襲ってくる。マリは急いでコートを脱いだ。また、持ち運ぶのがめんどくさい。「あのポケット」をトワが持ってればな、と思った。
「この光景、かなり既視感があるぞ」とリカ。
「最初の日に迷い込んだっていうあれ?」その日にはいなかったカナタが言った。「へー、こんな感じだったんだね」
「一応、この前とは違う場所のはずですけど、似たような感じですね」とトワ。
「あ、あれ」マリが思わず指さす。それは、映像に映っていた大岩そのものだった。
「ラッキー! 今日はすぐ終わるね」カナタは明るく言ったが、ちょっと寂しそうでもあった。「もうちょっと何か、面白くてもよかったな」
「私は早くこんなところから抜け出したいんだが」とリカ。見ると、彼女もコートを脱いで、カバンから元素周期表が書かれた下敷きを取り出して扇いでいた。
「じゃあ、回収しますね」
トワが岩に近づき、ペンダントをかざす。これでエレメントを回収するのだ。しかし、なかなか終わらない。見ると、トワは体が震えるほど力を込めているようだった。
「なかなか......出てきませんね......」
トワの顔は、頭に血が上って真っ赤になっていた。力の余波なのか、彼女の周囲に、散発的に突風が吹く。
「ああ、涼しい......」リカがそう言った直後、大岩は木っ端みじんに砕け散った。同時に、その破片の一つ、赤色の光を放つ欠片が、もの凄い勢いで空に飛んで行った。
「あ、エレメントが!」トワが手を伸ばして叫んだが、既に欠片は見えなくなっていた。
面倒なことになった。
「追いましょう!」トワが叫ぶ。
「でも、どうやって?」カナタが尋ねる。
「私の力で、空を飛びます」
空を飛ぶ。簡単に言ってのけるけど。疑問をさしはさむ余地もなく、4人の体が浮き上がり始める。
「......うわ、うわっ!」マリは思わず大きな声を出してしまった。4人は重力に逆らって、徐々に加速度を増していき、空に打ちあがっていく。周りが焼けるように赤くなり、トワが周囲に張った結界が可視化される。大気圏を貫いているのだ。
あっと間に、星々が輝く宇宙。水の惑星・地球が眼下に見え、境目にはぼんやりとした青い線が見える。
「めっちゃ映える!」カナタがスマホで写真を撮った。「考えてみれば、この間も写真撮っとけばよかったな」
その写真が公に知られたら大変なことになりそうだけど......とマリは思った。
だが、肝心のエレメントはどこにも見当たらない。浮きながら、あちらこちらに移動してみるが、全く見当たらない。
「おいおい......」リカが呆れるようにつぶやく。
トワが、逸る気持ちからか、移動速度をどんどん上げていく。
「飛行機が離陸するときみたいな感覚」カナタが言った。
「おい、あんまり加速するなよ。普通の人間は6Gまでしか耐えられないんだからな」
「アレじゃないですか!?」
トワが何かを見つけ、それに向かって急加速する。それも高速で移動しているようだった。近づけば近づくほど、すごい勢いで遠ざかっていく。宇宙のスケールでの移動は、なかなか直観的にはいかない。頻繁に方向転換をして、ようやく目の前に一瞬だけそれが見えた。
「なんか......細長い何かだったよね?」とカナタ。
「はい、さっきの岩とは明らかに違いましたね」トワが失望したように言う。
「人工物みたいにも見えたが......」とリカ。
「とりあえず、続けて探してみましょう」
こんなことが何回も繰り返される。その間、4人はせわしなく動き回る。
しばらくすると、その勢いも失われ、徐々に高度が下がっていく。
「だ、大丈夫なの、これ?」カナタがトワに尋ねる。
「実は......そろそろ......体力が......限界で......」息も絶え絶え、トワが答える。[
「力を......使いすぎました......」トワはそう言い残して、目を閉じる。
「おい、このまま落ちたら成層圏で燃え尽きるぞ!」リカが叫ぶ。しばらく経つと、周囲が赤くなり、少し暖かくなってきた。だが、燃えているというほどではない。バリアはまだ張られていたのだ。
「なんか知らないがよかった......燃え尽きる危険はないみたいだな」
安心しているリカを横目に、カナタが叫ぶ。「燃えないのはいいけど、このままじゃ落ちちゃうよ!」
そのとき、強烈な風が下から吹き上げるのを感じた。バリアが破けたのだ。トワは眠ってしまっている。まずいことになった!
その時、トワを抱いていたカナタが、おもむろにポケットから何かを取り出した。フィナンシェだった。
「これで......!」
カナタはその袋を破り捨てると、トワの口を半ば強引にこじ開け、フィナンシェを押し込む。
「なんでそんなもん持ってるんだよ......てか、そんなことしたらむせるぞ......」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
そう、地面はどんどん迫っている。もはや一刻の猶予も許されない。
トワはフィナンシェを飲み込んだ。すると彼女は途端に目を開け、ペンダントを掴む。
「よしきた!」カナタが叫ぶ。
マリたちは下から支えられるような力を感じた。徐々に落下速度を落とし、岩が広がる不毛の地面に、ふわりと着地した。
「ふう......危なかった」リカが安心したように言う。
「フィナンシェパワーだね」とカナタ。
「いくらなんでもそんな即効性は......」リカが言った。
トワは頭を押さえて言った。「ちょっとだるいですが、大丈夫です......しばらく休めば」
「でも今日はもうやめといたほうがいいんじゃない? ぜんぜん見つからないし」とカナタ。
「ああ、そうしたほうがいいだろ」リカがそっけない態度で言った。
「そんな疲れてて大丈夫? ちゃんと帰れる?」カナタがリカに尋ねる。
「大丈夫......なはずです。少し位置がずれるかもしれませんが」
「少しで済めばいいけどな」
トワは最後の力を振り絞り、ペンダントを握る。
気がつくと、いつもの公園。ではなかった。ここは、人の家のドアの前だった!
「ちょ、不法侵入!」カナタが周りを叩き起こして、思わず叫ぶ。
目を覚ましたリカはその家のドアを見るなり「あっ!」と大きな声を出して、その後不自然に肩をすくめる。
「何?」訝しむカナタ。
「......いや、何でもない。さっさと帰るぞ」
「じゃ、またねー」カナタが手を振り、歩き出す。だが、リカは動かない。
「......帰るんじゃないの?」とカナタ。
「......お前がな。帰るんなら帰れよ」リカがそっぽを向いて言う。しかし、カナタはなかなか立ち去ろうとしない。「もしや」
「......ああもう、用がないならさっさと帰れ! 私も帰んなきゃだから......」
マリは改めてこの家を見上げる。なんだか不思議な形だ。人の家に失礼だが、かなり小さく狭めに見える。また、上に大きな煙突のようなものがついている。
そのとき、家のドアが開いた。中から、白衣を着た顔のいかついおじさんが出てきた。
「ちょっと君たち、用があるならインターホンを......」
おじさんは、リカを見て言った。
「あれ、梨花、もう帰ってきたのか?」
「あ......」リカは、おじさんと他の3人を交互に見る。
「え......」事態を理解できず、困惑するマリ。
おじさんは言った。
「お友達連れてきたのか。どうぞ、上がってください」
リビングの真ん中の小さめのこたつに、マリ、カナタ、トワが入っている。そこにリカが菓子盆を運んでくる。
「うむ、ごくろう」カナタが机に頭を乗っけて言った。
「なんで人んちでそんなくつろげるんだよ......」
リカが呆れながら菓子盆を置く。その上には洋風の焼き菓子が置かれていた。
「これ、フィナンシェ?」カナタが尋ねる。
「いや、マドレーヌ」リカが答える。
「というか、フィナンシェとマドレーヌって何が違うの?」とカナタ。
「材料が一番だな。フィナンシェは卵白だけで、マドレーヌは全卵。ほかにもベーキングパウダーとかアーモンドとか違いがあって、マドレーヌのほうがふわふわ」
「さすが、リカちんは物知りだね」
「これくらい、知ってて当然だろ」
するとトワが空のカップを持ちあげて言った。「すみません、お茶おかわりもらえますか?
「お前らな......」
そこに、リカの父がやってくる。彼は3人の正面に座った。こたつには入らない。彼の雰囲気もあり、集団面接のようだ。
「今日はわが家にようこそ。築年数が古いもんで、ボロボロだが容赦してほしい」
静寂が走る。
「ああ、緊張させちゃったかな......私の悪い癖なんだ。とりあえず、自己紹介をさせてくれ。私は湯川聡。お察しの通り梨花の父だ」
緊張はほぐれないまま。そこに、リカが顔をしかめながらお茶を持ってきた。お茶を載せたお盆の上には、別の何かも載っている。皿の上に緑色のスライムのような物が載っていた。
「なあにこれ」とカナタ。
すると聡は「これは私が作ったお菓子だ。実験で使っている技術を転用して作ったんだが......」
「ちょーだい!」カナタが手を伸ばし、口に運ぶ。
「ちょっと......!」リカが驚く。
「どうだろうか?」聡が尋ねる。
「いやー......独特な味ですね」
いろいろと察することのできるカナタの食レポ。
「ふだんからこういうものを作ってるんですか?」トワが尋ねる。
「まあ、お菓子は特殊な例だが......いろいろと実験したりはしている。主には地球や宇宙の昔の姿について興味があるんだ。そのために昔の環境を再現する実験をしたり、AIでシミュレーションしたりして、多方面からその姿を探り、ひいては現代の地球の未来についても......」
ぽかんとするお客3人組。やはり親子だ、と思うマリ。
「失礼、一方的に喋りすぎてしまった。まあとにかく研究をしているってことだ」
「ということは、研究者なんですね!」とカナタ。
「......そんな大層なものではないかもしれない。私はただの高校教師だからね」
「高校の先生!?」
「それも非常勤で。今日はたまたま休みだったもんで、自宅のラボで趣味の研究をしている」
「そんなことあるんですね」とカナタ。
「実際最近は多い。そういう人たちのためにInclusive Science Collective、通称ISCという集合知ネットワークがあって、私も参加している」
そう語る聡の目は、少年のように輝いていた。
「集合知?」カナタが尋ねる。
「一人一人の知識は限定的でも、集まることで優れた知能となる。三人寄れば文殊の知恵と言うだろう? 我々はそういうことを目指してるんだ。このネットワークがあれば、文字通り何でもわかってしまうかもな」
そう豪語する聡に対し、「それなら」とカナタは手をぽんと叩く。「聞きたいことがあるんですけど」
聡は興味を示すように顎に手をやる。
「あ、先自己紹介しなきゃですね。私は福井佳奈多って言います。でこっちが利根川真理」カナタはマリの両肩に手を置く。
満を持して、言った。「そして彼女が......トワ、です」
「トワ? 苗字は......?」
「そう! それが彼女、空から降ってきたんです」
「空から......?」
やばい。そんな非科学的なことを言ったら、リカともども怒り出してしまうかもしれない。そうマリは焦った。そう思ったらリカがいない。部屋に戻ったようだ。
しかしそれは杞憂だった。
「なんだそれは? ちょっと詳しく聞かせてくれ」聡は身を乗り出した。
意外に乗り気そうな聡に、カナタも饒舌になる。「実はですね、数ヶ月前に空から光る玉が落ちてきて、そこを調べたらいたんです。まあ、最初に見つけたのはこの子なんですけど」カナタはマリの両肩を持つ。聡は「ほう」と相槌を打つ。
「それだけじゃないんですよ! トワには凄い力があって、人を浮かせたり、宇宙や過去に行けたりするんです! ほら、このペンダントの力で! それでいろんな場所と時間にあるエレメントっていう何かを集めてるんです! それでそれで、今日も行ってきたばかりなんですよ! ほら、これ地球の写真です! ......ネットから拾ってきたんじゃないですよ?」
「......」
聡はカナタのスマホを見ながら、難しい顔で押し黙っていた。さすがに突飛すぎたか?
「......トワさんと言ったかな」聡が視線だけをトワに送る。
「はい?」トワが緊張しながら答える。
「ちょっと、調べさせてくれ」
(続く)
