永遠のゆく先へ #18「また空を見れる」
私は知性の可能性を信じる
「リカちん……?」
カナタが声をかけたのは、震えてうずくまるリカだった。
「リカさん、大丈夫です。灰は私のバリアで防いでますから。岩とかが振ってきても私の力で退けられます」
だが、リカは聞いておらず、一人つぶやく。「全部……壊される……」
「リカちん! 恐竜たちが……!」
辺りを見回すと、例の恐竜たちが逃げ惑い、大パニックになっている。下手すると錯乱した恐竜たちに襲われるか、最低でも蹴り飛ばされるかもしれない。
「……ほら、逃げるよ!」
カナタが無理矢理リカを立ち上がらせた。とりあえず再び森に入り、さっきの洞窟に逃げ込もうとするが、リカだけが明後日の方向に進んでいた。それもそのはず、両目を手で覆い隠していたからだ。
カナタはリカの背中をゆっくり押して洞窟まで誘導する。再び、洞窟に入った。
「……とりあえず安全かな?」とカナタ。
「恐竜がここまで来なければですが……」とトワ。
リカは両目から手を放し、大きなため息をついた。メガネを外して雑に服で拭き、再びかけ直す。
「……そっか、リカちんは……」カナタは言いかけて、言葉に詰まる。
「ああ。あの噴火に巻き込まれてさ」リカは軽く流すように言ったが、声には明らかに動揺が載っていた。
「目が……だっけ?」カナタは、かけてないメガネを押さえるような仕草をした。
「……視力は関係ないけどな。あれは本当に痛かった」
「それで目を覆って……」マリは納得しかけたが、リカは首を横に振る。
「いや、そうじゃない。……そうじゃないんだ」
何か含みのある言い方だとマリは思った。
「……でも、いつまでもここにとどまってるわけにもいかないよね。エレメントを探さなきゃだし。ま、それを持ってる恐竜は見失っちゃったけど」
「……」リカが何か言いたげな目でカナタを見た。
その時、マリが洞窟の外に何かを見つけ、指さした。
「! ねえ、もしかえてあれって……」
それは、ここに来てから嫌というほど見た、羽毛の生えた肉食恐竜。しかもあの個体は、普通より一回り大きい。ということは、エレメントを体内に保持した恐竜社会での王様だ。
「行こう」とカナタ。
「何しに?」とリカ。
「何って、エレメントを譲ってもらうんだよ。話して通じるかはわかんないけど、他に方法なんてないし。またいつもの賭けだけど、今までもそれでなんとかなってきたじゃん?」
そう言ったカナタを筆頭に、トワ、マリと続けて洞窟の外へ顔を出す。
「……待って」
洞窟の中にとどまって、リカが言った。「……私、外出れない」
「……火山灰なら、私が守りますよ」とトワ。
「違うんだ」リカは、少し躊躇ってから、言った。
「空を見るのが、怖いんだ……」
リカ一人を残して、洞窟を出る。森の中、3人は王のもとへと向かう。
「あーあ、いっつもすぐ離脱しちゃってさ」カナタは頬を膨らませた。
「まあまあ、リカさんにも事情があるんですよ」と、トワは大人の対応を見せる。
そして気がつけば、目の前には例の羽毛恐竜。こちらに背中を向けて休んでいるようだが、背後からでもその異質さはよくわかる。他の個体より明らかに大きくて、筋骨隆々だ。それもエレメントのなせる業なのだろうか。
「トワっち、いざってときは守ってね」
「はい、準備できてます」
カナタは口を開く。「恐竜さんこんにちは……聞こえてますか……」
その途端、恐竜は首をこちらに向けた。
「あ、聞いてくれてたんですね……ちょっとあたしたち、あなたにお話がありまして……」
恐竜はしばらくカナタを見つめていたが、次の瞬間、
「キェェェェエェェ!!!!」
と大きな声で叫んだ。呼応するように周囲のシダの葉が揺れる。
3人はとっさに耳を塞ぐ。次の瞬間、恐竜はカナタに向かって大きく口を開けて迫った。
「うわぁぁぁぁ!!」
必死に叫ぶカナタを、トワは念力で横に飛ばして助けた。カナタはマリの正面に激突し、受け止められる。マリは尻餅をついた。
「んんんんんんん」カナタが何も言えないまま手足をじたばたしているせいで、マリも動けない。
マリの目と鼻の先に恐竜の口があった。すべてを引き裂くかのようなノコギリ状の歯が、はっきりと見えた。今度こそ死を覚悟した。永遠とも思われる時間が過ぎた。実際にどれくらい経ったかは分からない。その間恐竜は、ただ待っているかのようにも見えた。
「……逃げましょう!!」
トワの声でマリとカナタは我に返る。そして3人は逃げだした。後ろからあの恐竜が追いかけてきている。体力がないマリは、酸欠で倒れそうになるのを何とかこらえて走った。
森を出たあたりで、トワは力を行使して3人を空へと浮かした。恐竜は3人を見失って、辺りをきょろきょろとしている。
「……はあ……死ぬかと思った……2人とも……ありがとう……」息が上がっているカナタ。
「……はぁ……はぁ……もっと……早く……力で……飛んでれば……」息も絶え絶えのマリ。
息が整ってから、カナタはポケットをまさぐって何かを取り出す。エクステンダーだ。トワが親機を、それ以外の人が子機を耳に取り付けることで、トワの力を借りることができるようになる。
「やっぱり、これがないと厳しいかな」装着しながら、カナタが言った。
「いつリカさんから受け取ったんですか?」親機の方を耳に着けて、トワが尋ねる。
「さっき、出発する前にね」カナタは、その時のリカの様子を思い返す。「協力する気がないわけじゃないのはわかるよ。ただちょっと、怖いんだろうね」
「リカさん、いつも空を見てるイメージがありますけど、空を見るのが怖いだなんて……」
下では例の恐竜が地面にうずくまっている。このパニックで護衛はもういなくなってしまったのだろうか。あちこちで火山灰や噴石が落下してきている。トワのバリアがなければマリたちも大変なことになっていただろう。
「マリりんも着ける?」カナタは、マリにもう一つの子機を提示してきた。
「えっ」マリはうろたえる。今までの冒険での流れから、これはリカとカナタのものだと思っていた。自分がそれを装着して飛び回ることは想像もしていなかったのだ。
「いざってときにマリりんが力を使えたら、心強いと思うんだよね」
それを聞いたマリは、心がじんわりと暖かくなった。トワもうなづいている。マリは、震えた手で子機を受け取ろうとした。
しかし、子機はマリの手をつるりと滑り落ちてしまった。
「……あ……あっ……ああっ!!」
マリは青ざめた。そして空中でじたばたする。トワは慌てて回収しようとしたが、間に合わず、それはなんと、恐竜の頭に装着されてしまった。
「また……やってしまった……」マリは一転、自己嫌悪に襲われた。
「……ねえトワっち、この際さ、そのエクステンダーで恐竜を操ることはできないの?」
トワは首を横に振る。「……多分できないと思います。説明書を読んだわけじゃないのでわかりませんが」
「力で引きはがせないの?」
「やってみてるんですけど無理そうです。どうも、直接手で外すか、強力な磁場がないとダメみたいです。私の力では磁場なんて作れませんし」
「……じゃあ、力づくではがすしかないのかな……?」
「どっちにしろ、一旦下に降りましょう。皆さん注意してください」
トワは皆を地面に降ろした。恐竜の背後を取るように。恐竜は何かを察知したように動きを止めたが、こちらを見ることはしなかった。
「なんか、様子が変ですね?」
その時だった。
地面に強い衝撃を受けて、3人は弾き飛ばされる。慌ててトワが念動力で全員を受け止める。
そこにいたのは、黒い強化スーツをまとった人間一人。
「お前……ワンか」カナタが、いつも通り宙から見下すワンを睨みつける。
地面にはバランスボールほどの大きさの凹みができていた。一人で能力を行使したので、ワンで間違いないだろう。この前、地下の研究室で大怪我を負ったはずでは? だが今は五体満足だ。
「……というか、今回は一人なんですか!?」
ワンはそれには答えず、近くの「王」へと飛んでいく。
「あいつ……恐竜をどうするつもりなんだ」
するとワンは、空から落ちてくる火山灰や噴石をかき集め、大きな火球を生成し始めた。
「やっぱり、命ごと奪う気だ」
そしてそれは、渦を巻く赤い炎から、どす黒い弾へと変わっていく。その周囲には稲妻が覆っている。
「私の力で押し出せば……」トワはペンダントを掴んで踏ん張るが、何も変化がない。「だめ……重い……前までの比じゃない」
カナタは眉間に皺を寄せる。「向こうもどんどん強くなってるってことか……」
ワンは、弾を恐竜に向かって投げつける。
弾は爆発する。
爆風と煙が止んで、そこにはトワが現れた。恐竜の前に立ちふさがり、バリアを展開して守ったのだ。
「トワ!」カナタが叫ぶ。
「大丈夫です……ちょっと……力を使いすぎましたが」トワはその場でへたり込む。
チッ、と、舌打ちが聞こえた。そして、今までずっと口を利かなかったワンが、喋り始めた。
〈……なぜ守る? あんな醜い知性を〉
「醜い……知性?」トワが聞き返す。
〈知性が与えられた途端、始めたのは奪い合い、殺し合い。まあ、そんなものかもね〉
「だから奪うっていうの!?」カナタが叫ぶ。「少なくともあたしたちは、本人が譲ってくれるまで待つのに……お前は殺してでも奪うのか!?」
〈何が違う?〉
強く加工されたその声は、どこか幼気があり、同時に重く響く。
〈結局自分のものにするんでしょ?〉
カナタはギリっと歯を食いしばる。
「クソっ……トワ、反撃できないの!?」
「反……撃……?」
「攻撃技とかさ! 持ってないの!?」
「攻撃技……」
すると、トワの顔が青ざめる。過呼吸気味になり、彼女は胸を押さえる。
「え……?」その様子を見て、カナタは困惑する。
「なぜか……そのことについて考えると……苦しく……」
ワンは、その様子をただ黙って見ていた。そして吐き捨てる。
〈……何もかも忘れてイノセントでいられるなんて……お気楽でいいね〉
そしてまた、火球を生成する。
〈あなたは存在してはいけない〉
火球はどんどん大きくなり、再び漆黒の弾丸へと姿を変える。
〈あなたこそが偽物〉
「トワ!」カナタが叫ぶ。マリも叫ぶ。
〈……冒険ごっこは楽しかった?〉
ワンは、弾を持って大きく振りかぶった。
〈楽にしてあげる。知性なんて、苦痛をもたらすだけ……〉
その時、誰かが森の入り口から現れた。
「……待てよ」
メガネをかけた少し背の低い少女、リカだった。うつむいて、空を見ないようにしている。
「……お前、今言ったよな。知性があっても苦しいだけだって」
ワンは答えない。
「それは違うぞ」
リカはそう言って、過去の話を始めた。
「私、あの噴火の後、しばらく空が怖かったんだ。火山灰が空から振ってきたみたいに、また何かが落ちてきて、すべてを奪うかもしれない。そのことについて考えると、雲でさえまともに見れなかった。雨でもないのに、なるべく天井のある場所にいた。雨の日はいつも泣いてた。そんなんだから、お父さんに天体観測に誘われても断ってた。星が落ちてくるかもしれないから」
リカは続ける。
「でもさ。ある時本で読んだんだよ。星は落ちてこないって。それに、大昔に空から落ちてきた隕石に含まれる物質が、今の私たちを作ってるんだって。その後、またお父さんに天体観測に誘われてさ。懲りないよね。その時の私が何考えてたかは忘れたけど、ちょっとした気まぐれでついて行った。久々に空を見たとき、どう思ったと思う?」
〈さぁ?〉
「感動したんだ。不思議だろ? あんなに怖かったのにさ。今までと何が違うかって、やっぱり知識だと思うんだよ」
「リカちん……」
「人は知識があるからこそ、恐いものが本当はどういう姿をしているのかがわかる。知恵があるからこそ、恐怖を乗り越える方法を知れる。知性があるからこそ、その美しさがわかる。時には、感動だってできる」
「そっからだ。私が科学を好きになったのは。そうなってよかったと思ってる」リカは顔を上げて、前を向いた。
「だから……」その目には遠くの空も映っている。
「私は知性の可能性を信じる」
そう告げるリカの目には一点の恐怖もなく、光り輝いていた。恐竜の王は、その様子をただ黙って見ていた。
〈……いい加減にしてよ〉ワンは弾を再び投げつける。
「トワ!!」
その時、何か強い風が周囲を吹き抜けた。そして弾は遥か遠くまで逸れて、そこで爆発した。
〈なっ……〉
弾を弾き飛ばしたのは……トワが守っていた恐竜の王だった。恐竜は雄たけびをあげて走り出す。
〈ありえない……爬虫類程度の知性で……〉
恐竜の走りは速度を増してゆき、ある時点で跳躍し、そして羽の生えた腕を大きく広げ、空を飛んだ。
そのままワンに対して突進していく。
「どういうこと……」マリたち4人は、ただ茫然とすることしかできなかった。
恐竜は何度も何度も旋回してワンへ体当たりしようとする。ワンはただ避けることしかできなかった。その恐竜の様子はまるで、宙を自在に飛ぶ鳥のようだった。
〈クソっ……覚えてなさいよ〉
ワンは捨て台詞を吐き、白い光を出してどこかに消えた。
恐竜は地面へと着陸する。トワは慎重に様子を見ていたが、恐竜がこちらに襲い掛かってくる様子はない。
「……もしかして、助けてくれたんですか?」
恐竜は、遠い火山の方を見た。
「ありがとう」
カナタが笑うと、恐竜は静かに地面にうつ伏せになって目を閉じた。そして、自らその頭をトワに低く差し出す。
4人は互いに顔を見合わせる。
「……きっと、エレメントを譲ってくれるんだよ」とカナタ。
「待てよ、何でそんなことがわかるんだ」リカは冷静にツッコミを入れる。
「……たぶん」マリは言った。「最初から私たちを襲うつもりなんてなかったんだ」
「なんで?」リカは尋ねる。
「……もう争いなんてしたくないって、そんな顔に見えた。護衛もいなかったみたいだし」マリは答える。
「よくわからんけど、私は別にどっちでもいいけどな」
トワは恐竜の頭をなでながら、そこにペンダントをかざす。ペンダントは発光して、エレメントが恐竜の体内から移動してそこに収められていく。
「回収できました」とトワ。
「……こいつが起きる前に帰ろう」エクステンダーも回収して、リカは言った。
トワは何も答えず、静かに祈り始める。彼女の体が少しずつ白く輝き始める。そよ風は、やがて暴風となり、地面の火山灰を巻き上げて煙幕のようになる。
マリは、身体の表と裏がひっくり返ったような感覚を覚えた。もう、何度も経験して慣れたものだ。
意識が薄れていく。
けれど今回は、何かしっくりこない感じがした。例えるなら、自分の家以外で寝泊まりして、目を覚ました時に一瞬どこだかわからなくなるあの感覚。
嫌だ……
どうして私が……
私のせいで……
もう……こんなこと……したくないのに……
見覚えのない、薄暗い場所でマリは目覚めた。何か夢を見ていたような気もするし、見ていなかった気もする。思い出そうとすればするほど、どんどん遠ざかっていく。何にせよ、もう現実だ。
ここはどこ? 上体を起こすと見えたのは、壁につけられた小さな流し、教科書を開くのがやっとなくらいのテーブル、洋式便器と申し訳程度のパーティション。床と壁は傷んだコンクリートでできていて、そして正面には……。
固い鉄格子が、外界とこちらを冷たく隔てていた。
(続く)
