
永遠のゆく先へ #20「エオナイト」
しょうがないさ。今までもそうしてきたんだから
「はぁ、はぁ、はぁ」
さっきあれだけ一人で走っていたマリも、皆と一緒だと安心してか、意識が朦朧とするほど疲弊していた。火事場の馬鹿力というやつだったのか。とはいえ、まだ予断を許さない状況に変わりはない。
……と言うにしては、さっきからほとんど人がいない。
「警戒しなくても、誰も来ないんじゃ……」とカナタ。
「しっ! 油断は大敵だぞ人差し指を立てるリカ。
マリたちはとりあえず、開きっぱなしになっていた実験室のような部屋に入り、机の下に隠れた。
「でも、このままじゃトワっち見つけるなんて無理だよ」カナタは心配そうだ。3人の当面の目的は、彼女の奪還だ。
「でも、手がかりはある。さっきの爆発だ」とリカ。
「なるほど! トワっちがあたしたちを助けるために……」
しかし、爆発とは……マリの心に何かが引っかかる。
「とりあえず、その爆発の方に行けば」とカナタ。
「けど……みんなそこに集まってるんだろ?」
リカは、その辺にあった「非常時マニュアル」という書類を手に取った。メガネがないので、目を細めて見る。急ごしらえ感のある粗雑な書類で、残念ながら詳しいことは書かれていないが、避難経路が書かれている。
「これを見ると、非常時対応として、研究員は避難、エージェントと機動部隊が事態の対応に当たる、らしい。まだ残ってるのは、少数の誘導員だけだろう」
「ちょっと待ってよ、そもそもここはどこなの? 研究員って……」
カナタの疑問に、リカが答える。「最低限、研究所みたいなとこだってことはわかるな。この部屋は実験室って感じだろ。あとは廊下のシャワー」
「そういえば! あれって何なの? いくつもあったけど。そういう趣味?」カナタは顔をしかめる。
「違うだろ……」リカが呆れ気味で答える。
「ヤバいものを浴びた時に大量の水で洗い流すための緊急シャワーだよ。化学薬品とか、あるいは病原体とか、少なくとも浴びたらまずいものを扱ってるってことがこれでわかる」
「へえ、勉強になるなあ」
「で、話を戻すけど、今回はそのエージェントだか機動部隊だかが爆発現場にいる可能性が高い。そこに行くってことは、つまりまた捕まる可能性が高いってことだ」
「それじゃあ、あたしたちにはどうすることもできないってこと?」
「一つだけ可能性がある」リカは視線を上げて言った。「すべてをひっくり返せる可能性がある存在……今までもそれがすべてを解決してきた……そう、エレメントの力だ」
リカは続ける。「この施設は、あいつに関連している可能性が高い。あいつ……言ってただろ。『実験』のために監禁されてたって。あいつは今、私たちとは別の場所に監禁されているんだろう。それだけ重要な存在なんだ。つまり、ここではエレメントに関する研究をしたりしてるかもしれない。それを私たちがものにできれば……」
「でもそれって結構不確定要素多くない? この場所で本当にエレメントの研究してるのかとか、あたしたちがそこにたどり着けるのかとか。結構な賭けだよ?」
リカは答えた。「……しょうがないさ。今までもそうしてきたんだから」
リカは、念のためまだ持っていた鍵束をジャラジャラさせて、言った。
「今までだって、何とかなったのは結局全部まぐれだったしな」
マリの脳裏に、ワンたちとの戦いが蘇る。
3人は机の下から出る。
「とりあえず、この部屋から得られる情報を探そう」
リカはそう言ってそこら辺を物色し始める。カナタも適当に資料をひっくり返す。
マリはその辺にあった電子レンジのような装置の扉を開ける。
「わっ」
マリは思わず声を上げる。扉の中にはガラス瓶があり、透明な液体の中に、切り取られた蛇の生首が2つ浮かんでいた。
「うわぁ……気持ち悪い」カナタが苦い顔をする。
「そうだな。何があるか分からん。慎重になったほうがいいかもしれん……ん?」
机を漁っていたリカが何かを見つけた。
「おい……これは……」
ガラスケースに入った、3本指でつまめるほどの大きさの、不思議な形の金属だった。虹色で、少し視点を動かしただけで激しく色が変化する。

ケースにはマジックで殴り書きがある。
リカが目を細め、「どれどれ……『SX-01-089 エオナイト結晶 1点』?」
「『エオナイト』……? エレメントじゃなく? 何それ?」カナタは、リカなら知ってそうとばかりに彼女をチラ見する。
「いや……聞いたことないな。私が知らないだけかもしれんが……」
リカは再びこの物体を見つめる。
「ビスマス結晶みたいに階段状だが……正十二面体とは。人工物か? いや……」
「なんかこれ、どっかで見たような……あ!」カナタが閃く。「トワっちのペンダント!」
そう。形こそ違うがこの色は、トワがいつもつけているペンダントにそっくりなのだ。あの、エレメントが中に収められているやつだ。
「もしかして、この中にエレメントが……?」とマリ。
「あり得ない話じゃない……。だが、どうやって使えばいいんだ?」
するとカナタは「エオナイト」をひょいと掴む。「ちょい貸してみ」
リカはすかさず注意する。「おい! ……触って大丈夫とは限らないぞ」
「ま、大丈夫じゃない? トワっちだっていつも触ってるんだから」
そしてカナタは、エオナイトを掴みながら、いつもトワがやっている、祈るしぐさを真似した。
「神様お願いします……なんか起きてください……」
しかし、何も起こらない。
「ま、そうだよね。あたし、トワっちのペンダント触らせてもらったことあるけど、その時も何にも起きなかったし」
「それじゃやっぱり、『選ばれた人間』しか扱えないってこと……?」
マリは言い終えて、中二病じみたことを言ってしまったと少し恥ずかしくなる。
「いや待て」リカは言った。「こいつがこんな風に実験資料になってるってのは大きなヒントだ。見ろよ。『SX-01-089』って書いてある」
「それがどうかしたの?」とカナタ。
「こうしてナンバリング管理されてる事自体、こいつがいろんな実験室で使われてることを意味する。もし能力者しか扱えないなら、わざわざこいつを配る必要はない。能力者なしでエレメントを扱うことができるんだ。しかも、この部屋にある機材だけで」
マリは周囲を見渡した。マリの知識では、どれが使えそうかなど全く分からない。
「考えてみりゃ、前に地下の研究室にあったエレメントは電子制御だったっけな」
「ってことは……」そこでマリは、さっき蛇の生首があった装置の隣にある大型の機械を指差す。「高圧危険」のステッカーが張られた、冷蔵庫ほどの大きさの機械だ。
リカは近くに寄る。何やらたくさんのボタンがついた制御盤がついていた。こっちの機械にも小さな蓋がある。リカはおそるおそるそれを開ける。
上下から金属の棒のようなものが伸びている。棒の先には平たい面があり、五角形のマークが刻印されている。
「ここに載せればいいんじゃない?」とカナタ。
「そんな簡単にいくか……?」
リカの話も聞かず、カナタはそこにエオナイトを載せた。
「とりあえずやってみるか……」
リカは蓋を閉め、制御盤の「開始」ボタンを押した。すると、キィィィンという耳鳴りのような音が鳴り始め、直後にブォォというファンのような音が聞こえてきた。計器のメーターが触れる。
「120 kV!?」あまりの高電圧にリカは驚く。「高すぎないかこれ?」
すると、電子レンジのような機械の中が、白く光り始める。そして、中の瓶に入っていた蛇の生首たちが、ひとりでに泳ぎ始めた。
「うわ! ……気持ち悪っ」苦虫を噛み潰したような顔になるカナタ。
数十秒後、蛇たちは泳ぎを止め、音も消えた。自動的に停止したようだ。
「なるほど、エレメントはこう使うのか……」
リカはスイッチが入ったように動き回り、そのへんのものを物色し始める。入れるものを探しているようだ。
「おっ、科学者モードか!?」煽るカナタ。
すると彼女は、何かのノートを見つけてきた。
「これ、実験ノートじゃないか?」そう言ってペラペラとめくり始めた。
「φ6=0.002……失敗、毒腺変化なし……φ6=0.003……失敗、同上……φ6=0.004……失敗、ただし頭部が自発的に動き回る」
「何が書いてあんの?」カナタが棚からひょっこり顔を出す。
「実験記録だよ。どうもハブ毒を変化させて何かに使おうとしてたみたいだな。失敗して代わりにゾンビが生まれてしまったみたいだが」
「うわぁ、いかにもって感じだね」
「パルスパターンのパラメータ……ってのが重要らしいな。0.001刻みでこんだけ試してこうってことは、相当ピーキーなんだろう。素人が扱える代物じゃないのかも」
リカは「取り出し」ボタンを押す。カナタが機械の蓋を開ける。そこには冷たく、そして油のようなものでギトギトのエオナイトがあった。
「うわっ、なにこれ」カナタが手を伸ばす。
「それこそあんま触らんほうが……実験ノートとか見る限り、絶縁液だろうな。拭き取れば大丈夫だと思うが」
リカは途方に暮れる。「しかし、振り出しにもどったな」
「うーん……他の部屋に行ってみたら? 何かヒントがあるかも」
外には見回りがいるらしいが、仕方がない。
「じゃあ、行こうか」
3人は足音を殺して歩く。と言っても、けたたましい警報が鳴りっぱなしだから、誘導員に出くわさないようにさえすればよかった。とりあえず下の階を目指す。
「時間加速室」「精神処置室」の前を通り過ぎ、やってきたのは「情報実験室」だった。
パソコンが大量に並んでいて、ソフトウェア企業のオフィスみたいだ。心なしかインテリアもイケている気がする。
「うちのパソコン室もこんなんだったらいいのにな〜」
カナタが自分の学校について愚痴る。だが、パソコン室には絶対にないものが一つ置いてある。黒い1メートルの立方体で、正面に扉がついている。扉は開いており、中ではノズルのようなものが上から垂れている。
「これは……3Dプリンターか?」リカはそう推測した。
近くの椅子の上に、開きっぱなしのノートPCがあり、ケーブルでその3Dプリンターらしき機械と接続されている。リカはその画面を見た。簡素なUIに、テキストボックスと、メッセージが一つ。
「『AI-Powered Printer 造形したい物を入力してください』……」
「文字が入れられるね。これで何か作れるってこと?」とカナタ。
「ふむ……画像生成みたいなことか? とりあえず、やってみよう……」
リカは、慣れた手つきで文字をタイプした。エンターキーを押すと、「エオナイトが挿入されていません」というダイアログが出てきた。機械の一角に、五角形の穴がある。カナタは指示に従い、エオナイトをはめ込む。リカはもう一度エンターキーを押し、扉を閉める。
すると、エオナイトが青く発光し始め、機械からはガションガションという音がする。
リカは進捗表示を見た。「あと2分……? 速すぎる!」
家に3Dプリンターがあるリカは、あまりの造形速度に驚いている。
「ねえ、何作ったの?」カナタが尋ねる。
「とりあえず、『攻撃から身を守り、身を隠せる盾』をね」
2分後、機械は停止した。カナタは扉を開ける。だが、そこには何も見えない。
「ありゃりゃ、失敗したのかな……」カナタは機械に手を入れ、驚く。
「わっ……感触がある! 見えないけど、何かあるよ」
カナタはそれを持ち上げて、外に出す。「意外と重い」
それを見たマリは口に手を当てて驚く。「えっ……どういうこと?」
カナタの肩から下がなかったのである。
「なになに?」カナタが体を傾けると、腰から上がすべて現れた。
「どうやら……『身を隠せる盾』ができたみたいだな」
リカが分析する通り、そのすぐ後ろの物体を完全に隠すことができるステルスシールドが完成していた。ペタペタと触ってみると、機動隊が持っている盾のような形をしているのがわかる。
「エレメントの力ってすごい!」
カナタはスッとパソコンの前に移動して、キーと画面を交互に見ながら人差し指で1文字ずつ打っていく。
「今度は何を」呆れ顔のリカ。
「まあ見てなって」目を輝かせるカナタ。エンターキーを押して開始すると、プリンターから、さっきは鳴っていなかった、何かに引っかかるようなガガガガという音がする。画面に大量のエラーメッセージが流れる。
「……やっちった?」
数分後完成したのは、糸がもじゃもじゃに絡まった塊。よく見ると、中には「永遠」「脱出」「最強」という文字……に見えなくもない、実在しない漢字がそのまま形になった謎のオブジェがある。
「……なんて入れたんだ?」リカが尋ねる。
「『トワっちを連れて皆で脱出するための最強のアイテム』」カナタは悪びれつつ苦笑い。
「そんなんでうまくいくわけないだろ! そんな曖昧な指示じゃAIはうまく動かないんだよ」
リカは透明の盾を手の甲でコツコツと叩きながら言った。「ちゃんと指示しないとこういう物は作れな……」
パリーン!!
急に何かが砕け散る音がした。皆が一斉に顔を腕で覆った。
部屋の床に、白い粉が広範囲に散らばった。皆が顔を見あわせる。透明な盾があった場所には、今度は本当に何もなかった。プリンターのノズルには大量の素材がガチガチにこびりついていて、簡単には取れそうにない。
「使えねえじゃねえか!」リカはプリンターに膝蹴りをした。
「手動調整が大変ならAIで、って言うのは合理的に思えたが、やはり限界があるのか」
リカはエオナイトを外し、握りしめる。「何か別の方法はないのか……」
「別の方法ねぇ……」カナタは近くの壁を見た。そこには、研究についてわかりやすくまとめられたA0サイズのポスターが堂々と掲示されていた。
「『大規模因果モデルにおける自己同一性モジュールの統合による超長期予測の安定化』……?」
カナタが今までで一番眉間にシワを寄せている。「どゆこと?」
カナタがヘルプを求めるような目で見たリカの興味は、むしろ別のポスターにあった。そちらは、「皮質内電極アレイを介したAI支援による積木模様課題の成績向上」というタイトル。
「『視空間認知や視覚と運動の統合に関する標準的なテストである積木模様課題を対象に……頭頂葉・側頭葉の皮質下へ微小電極アレイを直接刺入し、……VLMで生成したパルス列を神経細胞に直接フィードバックすることで……組み立て時間が最大21%短縮、難関の正答率は最大10%向上』……」
リカはポスターを見ていき、眉をひそめる。そこには、実験に参加した被験者たちがどうなったか、淡々と文字で記されていた。
『90%の試行で、刺激中に被験者の前腕および手指に激しい筋痙攣が発生』
『刺激停止直後、呼びかけに応じなくなる。瞬きをしないまま15分間静止』
『電極周辺の神経細胞の熱変性により、手指の運動障害、顔面麻痺、構音障害が残った』
「なんじゃこりゃあ……」リカも眉をひそめる。
はてなマークを浮かべながらも、カナタは「これってつまり……『検査』行ってたらヤバかった、ってことだよね?」と青ざめる。「マリりんも大丈夫だった?」
「え? うん、なんとか逃げれたから」マリは誤魔化すように答えたが、再び背筋を凍らせていた。
「普通こんな研究はできないようになってるはずなんだがな。ここはまともな研究所じゃないってことか。そもそもなんなんだ? ここは」
リカは別の掲示物を確認する。そこに書かれていたのは、
「『情報学部門・知能統合研究室』……か」
そこには、研究室のスローガンのように、
「生物と機械の境界を超え、すべての知能を統合する」
と書かれていた。インフォグラフィックで「AIとAI」「人間とAI」「人間と人間」の3つのパラダイムが提示され、「人間とAI」にはさっきの研究の画像が貼られている。
「この『人間と人間』ってのは……」
そこには、頭部が融合した3人の少女の画像が掲載されていた。
「なにこれ……」カナタが絶句する。
「結合双生児……双子が繋がって生まれてくることがあるって聞いたことないか?」
マリは答えた。「……テレビとかで見たことあるけど……」
リカは首をひねる。「……いや、『知能を統合する』って言い方からするに、もしかして、人為的にやった、って……ことなのか……?」
すると、カナタが何かに気づく。
「ねぇ」彼女が指さすのは、ポスターの右上、なにかのロゴのようだ。
「これ、ここの名前じゃない?」
リカが近くに寄って凝視する。
「NULL……INSTITUTE……OF……HERETICAL……SCIENCE……?」
(続く)
