永遠のゆく先へ #24「本音」
トワ……ずっとアンタが羨ましかった
マリたち3人だけを外に帰そうとするトワ。彼女は目に涙を浮かべながら、卑屈に微笑む。
「みなさん、さようなら……お元気で」
トワは、誰にも見つからないように安堵の息を漏らした。
時空移動が始まりかけている。諦めかけてうつむくリカとカナタをよそに、唯一トワの言動に違和感を覚えていたのが、マリだった。
「待って」
マリが一言。広大な部屋に、つかの間の静寂が走る。
「本当に、自分が悪いだなんて思ってるの?」
「え……?」カナタはきょとんとした顔でマリを見る。
「クローンたちはあなたを恨んでない。それを知ったあなたは……どこか受け入れられないみたいだった。まるで、恨まれていた方が都合がいいみたいに」
トワは動揺する。「でも……私のせいで沢山の人が苦しんだのは事実で……」
「そうかもしれないけど……でも!」マリは、ためらいつつも言った。「……もしかしてさ、逃げようとしてるの?」
するとトワは目を細めて、今まで見せたことのない怪訝な表情を見せた。「……あなたに、何がわかるんですか」
マリは答える。「私に似てるから……」
いつかの公園で、トワたちを置いて逃げようとした時の自分。冥王星のバリアの中で、自分なんか、と歌うことを拒否しようとした自分。それらが今のトワとつながったのだ。
「皆といて楽しいこともあるけど、時折全部がめんどくさくなって、うんざりして、逃げ出したくなる時もある。さっきだって、そうなった」
マリは鍵を落としたときのことを思いだす。
トワは何も言えなくなっていた。
「自分は人見知りなんだと思ってた。それはそうかもしれないけど。だけど、あなたも同じなら、なんで逃げたくなったのか、何となくわかった気がする」
自分が知らないことを何でも知ってるように見える人とか、気楽にみんなに話しかける人と一緒にいると、なぜか胸が締め付けられる。彼ら自身が怖いわけではない。嫌いなわけでもない。でも、どこか不安を感じる。それは、彼らと一緒にいることで、影響を受けて、あるいは与えて、自分が自分ではない別の存在になってしまうのではないか、という恐怖。
「怖いんだよね。自分が何者かになってしまうのが」
トワの目に、じんわりと涙が溢れてくる。
「トワっち……」カナタはいたたまれない表情でトワを見る。
トワは感極まりつつも、口を開く。
「……罪悪感は、嘘じゃないんです。皆さんに責任を押し付けてしまったのも……でも、でも……本当は。前、自分が何なのか知りたいって言いました。それも嘘じゃないんです。何者かになりたい気持ちもあって」
トワは続ける。「でも……皆さんと冒険してるうちに、それを知ってしまったら、と思うと……今のままでいたいという気持ちもあって……矛盾してますよね」
「そんなもんだろ」とリカ。「相反する欲求を抱えることは何もおかしいことじゃない。結局、人間なんだから」
カナタはマリの顔を見た。「……マリりんも、泣いてるの?」
「えっ」マリはとっさに目元を拭う。自分でも、気づかなかった。
「トワ……私が言えることじゃないかもしれないけど」マリは言った。「ひとりになることも大事だけど、やっぱり、友達は捨てちゃダメだよ。そのために、自分を捨てるのも」
「はい……!」
トワも泣きながら、今度は素直な笑顔で頷いた。
「……黙って聞いてりゃベラベラと」彼女は弾をいったん引っ込めていた。彼女は低空を飛びながら近づいてくる。
そしてトワを指さす。「そいつはもう人間じゃないわよ。人間にない臓器を宿し、人間に使えない力を使っているのだから」
トワは動じることなく、バリア越しに3人に耳打ちする。
「なーに企んでんのよ。今更何をしたって無駄なのに」
3人は並び立つ。そして飛び回り、フィーネを囲む。
「いったい何なの?」
そしてトワを含めた4人全員が意識を集中させる。マリたち3人は両手を前に突き出す。
「無駄だって言ってるでしょ。まぐれは2度も起きないわよ。まして3人同時なんて」
トワは叫んだ。「ここです!」
その瞬間、トワは気を失った。
そして、瞬く間に3人それぞれの手から、紫色の稲妻が放たれた。
それらは中心に集まるようにフィーネに命中する。
「!? アァッ!!」呻くフィーネ。
「本当に出た……」とマリ。
「アンタら……何なのよ!」
激高するフィーネ。エネルギー弾を生成してマリに投げつける。
それを避け、3人は飛び上がる。フィーネの周りをススメバチのように飛び回りながら、マリはフィーネの手足を空中で拘束し、カナタはフィーネに電撃を食らわせ、リカはフィーネの周りを楕円軌道で周回する。
「な、なぜそんな同時出力が……!? いや……」
リカが加速する度、マリとリカは床に落ちそうになる。加速が終われば再び浮き上がり、マリが拘束に力を込める。それが弱まり、フィーネが抵抗しようとすると、カナタが電撃を出して怯ませる。
そして、トワはバリアの中で眠っている。
「う、動けない……!」フィーネは苦しむが、しかし、ニヤリと笑う。「だからどうしたって言うのよ」
彼女は身体を白く発光させはじめる。「全部丸ごと吹き飛ばせばいいのよ」
すると、カナタが叫ぶ。「準備完了!」
「今更なんの準備を……」
フィーネの光はどんどん眩しさを増し、風切音もうるさくなる。
その音は急激に止んだ。
その瞬間、強烈な爆風が部屋中を襲った。大量の煙が充満する。
「ハァ……ハァ……これで……終わりよ……」
フィーネは息を整えてから、床に降りる。
「これで私は本物。私は……自由」
煙が引いていく。
するとそこには、マリ、リカ、カナタが無傷で立っていた。閉じ込められていたはずのトワも、外に出ている。
「なっ……」フィーネは愕然とする。「なぜ……なぜ!?!?」
彼女の声からは余裕が消え、断末魔のようにすら聞こえた。
「お前は何も知らなかったってことだ、フィーネ」とリカ。「エクステンダーの本質をな」
「どういうことよ……」
するとトワが意識を取り戻す。そして言った。
「……エクステンダーは、心と心を繋げる装置……だから、何より重要なのは信頼なんです」
「能力をどこまで使わせるかは、親機の装着者に委ねられるんだろう」とリカ。「使用者の連携次第では、力の配分を瞬時に変えることだってできる」
カナタはいたずらっぽく笑った。「あんたみたいな独りよがりじゃ、使いこなせないんだよ!」
だから、ツーとスリーは大した力を使えなかったし、フィーネはそういう仕様だと思い込んでいたのだ。
「クソっ、クソが! ……ッ」フィーネは衝動的に床を殴る。
その衝撃で折れた手首を再びくっつけて、それを空に掲げ、フィーネは言った。
「フンッ……分かったような顔して……アンタら……何も……知ら……」
しかしその手は震え、そして力なく倒れた。膝をついてうなだれる。
「何……見てんのよ……」フィーネは顔を上げ、か細い声で呟く。「殺すなら早く殺しなさいよ!」
「誰が殺すかよ」リカは言った。「バリアを破るのに、お前の力を使わせてもらっただけだ」
「は……?」
「フィーネさんの爆発を、あの装置に向けるようにガイドを作ってたんです」
マリとカナタが足止めしている間に、リカがそれを作る。それが作戦だったのだ。
「あ……ああっ……」フィーネは呻く。「私の手で……こいつを助けて……」
「あんたさ」カナタは切り出す。
「言ったよね。本物になりたいとか、自由になりたいとか。それが目的?」
「……うるさい」
「クローンとして生まれて、ずっと組織の言いなりになってきた……だから」
「うるさいって言ってるでしょ!!」激昂するフィーネ。
「ねぇ」マリは言った。「なんで私たちとお話してくれたの?」
「は……はぁっ!?」心なしか顔を赤らめているように見えるフィーネ。
「私たちを捕まえるのが仕事だったんでしょ? 話しかける必要なんてなかったはず」
「それは……」フィーネは立ち上がり、言い淀み、やがて、ためらいがちに口にする。
「アンタらに……その……興味が……あったから」
「お!?」カナタがニヤけながら身を乗り出す。無言でたしなめるリカ。
フィーネは意外なほどスラスラと語り出す。
「……不思議だった。なぜアンタたちが恐竜たちを守ったのか。あんな愚かな社会そのものを体現したような存在を……」
カナタは言った。「私たちのことを、知りたかったの?」
「さぁね。でも、私には分からなかった」
フィーネは、今度は声を上ずらせながら震える。「友達がいるって、どういうことか……」
一人泣くフィーネに、誰もかける言葉が見つからなかった。彼女は顔を上げ、トワに向かって言った。
「トワ……ずっとアンタが羨ましかった」
トワは難しい顔をして聞いていた。
「アンタを殺して、自分が本物になる。そう思ってた。組織には間違って殺したと言えばいいと思ってた。そんなの、通用するわけないのにね。馬鹿みたい」
するとリカは言った。「最初の反抗なんて、うまくいかなくて当たり前だろ」
カナタは問う。「それで……あんたはどうしたいの? まだあの子を殺す?」
フィーネはまたうつむきながら、首を横に振る。「じきに支部から援軍が来る。このまま大人しく、組織に消されるのを待つだけ」
「それは……」トワは思わず叫ぶ。「そんなの駄目です!」
「アンタ……私を恨んでないの?」
「……誰かを恨んでも、しょうがないじゃないですか」
「結局、あんたまだ子供だしね〜」とカナタ。「イタズラしたい時期だってあるよ」
「どの口が言うんだ……それに、私たちみんなまだ子供だろ」とリカ。
マリは、手を差し伸べる。
「変なお願いかもしれないけど……」マリは笑いかける。
「私たちと一緒に来ない?」
フィーネはすぐに顔をあげ、少し下げて、あいまいに頷くような態度をとった。
そして、その手を取る……。
ピリッ
マリは一瞬、静電気より少し強い痺れを感じた。
「ちょっと! 何を……」カナタが声を荒らげる。フィーネを見ると、彼女は全身を震えさせて、苦しんでいる。
「ゥ……アァァアァァ……ッ!!」
「お、おい……!?」
もがくフィーネの身体は、時折透けるようになってきた。さらにあちこちに瞬時にワープしたように動き出し、やがて、完全に見えなくなってしまった。
「これは……もしや……?」リカは何かを言いかけたが、その時。
空中から突然、白いスーツの男女2人組が現れた。
「お前は……」
リカが指摘しかけると、剥がれかけた床が浮き、巨大な分厚い瓦礫の板が現れる。それが4人に倒れかかってくる。
「うわぁぁぁあぁぁぁあ!!!」
4人は必死に逃げる。少し先に、これまた瓦礫が積まれているのが見える。
「あそこに隠れ……」
すると、トワがすっ転んで、手をつこうとした拍子にペンダントの紐がちぎれて床に落ち、転がって遠くに行ってしまった。
「と、トワっち!」先を走るカナタが振り向く。
「大丈夫です! 少しの間なら……」
瓦礫に隠れる中で、2人組が手当たり次第に暴れ回っているのが見える。
「ど、どうするんだ……?」とリカ。
「とりあえず、あれを取り戻さないと……ウッ」トワは腹を抑える。カナタは背中をさする。
「そうするしかないみたいだな……」
マリはふと覗く。すると、女性の方がこちらを向いた。
すぐに隠れるマリ。「や、やばいかも……目合っちゃった」
足音が聞こえる。こっちに来ている!
「せっかく……集まったのに……」トワが声を絞り出す。「取り返されたら……」
父との約束。エレメントが集まったら、ペンダントが導いてくれると、言っていた。
そう、トワが言っていた。
衝動的に、マリは飛び出す。
「ちょ、ちょっと……!」カナタの静止も聞かず、走る。
無心で走り、ペンダントを拾い上げる。そして、トワのもとに投げる。トワはしっかりと受け取った。
トワは、息も絶え絶え祈り出す。
「ペンダントさん、お願いします……導いてください……お父さんの元まで……!」
しかし、何も起こらない。
「お願いします……お願いします……」
何も起こらない。
そこにマリが戻ってくる。「もうそこまで来てる……!」
2人組は、すぐに近くまでやってきた。
「『博士』の命により、被検体を回収する」
女はトワの方へと、開いた手を伸ばす。ペンダントからいくつもの赤い光が出て、彼女の手へと吸い込まれていく。男はトワにとびかかろうとする。
トワはギリと歯を食いしばる。すぐにペンダントを隠し、目を閉じる。
辺りは光に包まれる。
東の空が少し明るくなり始めていた。まだ肌寒い季節、おなじみの市民公園に、汗だくの少女が4人。
「はぁ……はぁ……はぁ……」息が上がりっぱなしのマリ。
「今、何時なんだ……?」とリカ。
「わっかんない……」とカナタ。
トワはその場でうずくまっていた。
しばらく沈黙が続いたが、リカがそれを破った。
「長い一日だったな」
誰も答えないので、リカは続ける。「ようやく糸口が見えてきた気がしたんだがな」
組織の実態……エレメントの本質……フィーネの正体……いろんなことがわかったのに、肝心なことがわかってない。トワのことだ。エレメントを集めたのに、何も起きなかった。そのエレメントも、ほとんど奪われてしまった。
「『博士』って、誰なんだろう」マリは呟いた。
「あいつに聞いとけばよかったなぁ」とカナタ。「あの子……今どうなってるんだろ……」
風が4人の体温を奪う。そんな中で、リカは言った。
「なぁ、ずっと思ってたことがあるんだ」
「何?」あまり気分良くなさそうにカナタが尋ねる。
「あんな組織が関わってる。もう4人の少女でどうにかなる問題じゃない」
「それで?」とカナタ。
「それでさ。味方になる人を増やしておいたほうがいいんじゃないかって」
「そう……かもね……」カナタは少し残念そうだったが、言い返さなかった。
「それとさ」リカは続ける。「覚悟しておいたほうがいいのかもしれない」
リカは立ち上がり、朝日を背にして言った。
「これからはもう、楽しい冒険って感じじゃないかもしれないってことを」
(第一部完・第二部へ続く)
