永遠のゆく先へ #25「自己紹介」

私、コハク。よろしくね

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千本槍みなも@ナタクラゲ
5502文字12分で読めます

あの子が生まれてしまったのは、

親の勝手だ。

あの子がそれを選んだのは、

あの子の勝手だ。

あの子がそれを躊躇ったのは、

――お前と出会ってしまったせいだ。


第二部 日常編

人混みを、歩く。

制服を着た少年少女が、一斉に同じ方向に向かって進んでいる。

そんな、毎日変わらない風景。

でも、今日は特別だ。

ひとつは、「彼女」がそこにいること。普段はもっと遅い時刻に、誰もいない中を一人で歩くことが多いのに。

もうひとつは、今日が新学期の始まりだということ。

後ろの足音が、彼女を抜かそうとしているのか、だんだん大きくなる。そして、気配は真横にやってきた。それは近寄ってきて、明らかに他人の距離感ではない。

「お前……マリか」
「あっ、ああ……!」

話しかけてきたのは、少し背が低くて、メガネをかけているおさげの少女、リカだった。フルネームは湯川梨花。ひょんなことから知り合った同級生だ。

「今日はこの時間から来てるんだな、さすがに」
「ま、まあね……」

遅刻いじりは別に盛り上がらず、そのまま黙って隣を歩く。目的地までは、まだ10分くらいある。

リカが口を開いた。
「結局さ、何もわからずじまいだったよな」

マリは一瞬何のことだかわからず愛想笑いしたが、すぐに理解して、「うん、残念だったね」と返した。

「これでまた振り出しか……」リカがため息をつく。
「あの組織のこと検索しても、何も出てこないしさ。まあ、出てくるならとっくに問題になってただろうけど」
そう言って笑うリカ。
「父さんも知らないし、父さんの知り合いに聞いても、わかんないってさ」

そこから話は逸れていく。
「そういやさ、その人がWi-Fiの不具合解決してくれたんだけど。まさかルーターの前にティーポット置いてたのが原因なんてな」
「へえ」
「お父さんが紅茶淹れたときだけ落ちるから何なんだろうと思ってたんだけどさ。そんなとこに置くかね普通」
「紅茶とか飲むんだね、あの人」
「最近飲み始めたらしい。知り合いからイギリス土産をもらってからだ」
「イギリスねえ」
「ロンドン科学博物館がある、イギリスだ。いつか行ってみたいなぁ……」


そんなこんなで、あっという間に着いてしまった。

江平東高校。マリたちが通う高校だ。

昇降口の近くに、巨大な掲示物が特設されている。クラス替えの表だ。全部で9クラス。その前に、おびただしい数の生徒が群がっている。

「熱殺蜂球みたいだな」
「ね……ねっさつ?」

マリとリカはなるべく空気を消して、人混みをかき分けて看板を見に行く。

「う……」マリはすぐにリカを見失ったが、かまわず進む。

「利根川真理」の名前は、2年5組の表にあった。

これまた人混みをかき分けて出ていき、やっとの思いで抜け出す。「はぁ……はぁ……」

そこにリカもやってきた。「何組だった?」と尋ねてくるリカ。

「5組」マリは答える。

「ああ……私は、1組」
今年もまた、違うクラス。

「ま、当たり前だよな。何せ理系と文系なんだから」
同じクラスになる可能性は、最初からなかった。

2人は下駄箱で上履きに履き替え、階段を登る。

「いやぁ、ちょっと残念だなぁ」
妙に悔しがるリカ。

「……まぁ、最初からわかってたことでしょ」

マリがそう言うと、リカはちょっと困惑して、少ししてから答えた。

「ああ……いや、こっちの友達がさ。1年のときよく話してたんだけど、クラス離れちゃって」

マリは、立ち止まる。ちょうど、2-5の前だ。

「ああ、お前そこだっけ。じゃ、また」
リカは軽く手を振って、奥にある1組の教室へと向かっていった。


退屈な始業式が終わり、マリは自分の机に座っていた。まだ空っぽの引き出しの内側を両手でなぞりながら、突っ伏していた。周りではなにやら話し声が聞こえていたが、盗み聞きする気も起きなかった。

そうしていたら、ホームルームが始まった。

「とりあえず、一人ひとり自己紹介などしてもらって」
年配の担任が、しわがれた声で言った。教室の隅に移動する。

「3組出身の阿部悠真です! サッカー部で、好きな食べ物は寿司です。気軽に話しかけてください」
「2組出身の梅原風香です。吹奏楽部でパーカッション担当です。趣味はアクセサリー作りです」
「7組出身の木村海斗です。演劇部で脚本とかも書いてます。アニメ漫画大好きです。同じ趣味の方語り合いましょう!」

マリは、憂鬱だった。

自己紹介なんて、万物の中でも最も苦手な部類に入る。なにせ、空っぽも空っぽ。紹介する自己がないんだから。

そもそも、なぜ自己紹介をする必要があるんだ。どうせ誰も話しかけてはくれないんだから。何話しても同じだし。誰だ、最初に自己紹介という概念を考えた奴は。足の小指ぶつけろ。

この世への恨みを抱いている隙に、自分の番が来てしまった。

頭が真っ白のまま、マリは前に出る。

「と、と、利根川真理……です……。部活は……とくにやってません……いわゆる帰宅部ってやつで……いかに早く帰れるかを競うなどしているわけですが……へへ」

まずい。みんなの顔がしらけている。

どうせ何言っても同じ。めちゃくちゃ言ってやればいい。勇気が、変な方向に働いた。

「……趣味は、宇宙旅行です」

シーーーン。

「……あ、終わり?」先生が確認してくる。

マリは無言で頷く。教室が義務の拍手に包まれる。

マリは自分の席に戻る。

ああ、終わった。そう思った後で、また不満がふつふつと湧いてきた。とっさに出たジョーク……とはいえ、真実なんだからしょうがないじゃないか。

あっという間に自己紹介が終わる。そして担任の先生が黒板に名前を縦書きして、ひとこと。

「私江崎です。地理担当。バスケ部の顧問ね。趣味は……言う必要ある?」

配布物、連絡事項の確認。それらが終わったら、ホームルーム終了。

号令の後、マリはすぐに席を立とうとする。

「ちょっと早いけどチャイム鳴るまでここにいてね」
閉じ込められた。


周りから当然のように話し声が聞こえてくる。マリのもとに来る者は誰もいない。

「はぁ……」
メモ帳を閉じて、筆記用具を片付けようとしたとき、手が滑った。

消しゴムが床に落ちた。拾おうとして、手を伸ばすと……。

誰かの手が、マリの手に触れた。

慌てて引っ込めるマリ。するとその手は、消しゴムを拾い上げる。

「はい、これ」
少し息の混じった声。

顔を上げて見てみると、彼女は、隣の席の女子だった。少し癖っ毛のロングヘアーで、おっとりした感じ。長袖のセーラー服の上にクリーム色のセーターを着ている。

「あ、ありがとう……ございます……」マリは両手で消しゴムを受け取る。

「ね、……マリちゃん、だっけ?」彼女は柔らかに微笑む。

「は……うん、そうだけど」

「趣味……宇宙旅行なんだっけ?」

な、なんだ? いじってきてるのか? でも、そこにからかいや悪意は感じられない。

「私も宇宙、好きなんだ」

「へ、へえ……」
マリは適当に返す。宇宙、ね。いつものアレのおかげで常人よりは興味あるかもしれないが、リカほどではない。

「今度、お話聞かせてよ」
「いや、その……」あの話は……していいのか?

適当に誤魔化すため、マリは目をそらして口走る。
「多分つまんないと思うよ……」

「そんなことないよ」

ちょっと食い気味だったので、マリはびっくりした。

「……きっと素敵だよ」彼女は微笑む。「あなたみたいに」

マリはドキッとした。

「私、コハク。よろしくね」
コハクはマリの手を引き、握ってきた。あったかい。

握手なんて、いつぶりだろう……。

そのとき、チャイムが鳴った。

疑問を差し挟む余地もなく、彼女は鞄を持って立ち上がる。
少し離れてから、マリに手を振る。「じゃ、またね」

マリは、無言で小さく手を振り返す。

コハクが見えなくなってから、マリは胸の高鳴りを感じた。そして、自分の手を見つめた。

そして思った。
「あの子、どこかで……?」


マリは市民公園へと向かっていた。カバンにはスナック菓子がいくつか入っている。家のお菓子ボックスから持ってきたものだ。変なチョイスをしてないか結構悩んだ。

すべての始まりの、あの公園。行く理由はいつも、「宇宙旅行」のためだった。

けど今日はそうじゃない。

4月。道端がピンクに染まる。花吹雪が舞い散る。けれど、まだ桜の木に花は残っている。

「広場の端のほう」という曖昧すぎる指示を頼りに向かうと、いた。

レジャーシートを広げて座っていたのは、リカ、カナタ、そしてトワ。

「まぁ座んなよ」

カナタに促され、マリは靴を脱いでレジャーシートに正座する。サンドイッチ、いなり寿司、から揚げ、サラダ。ド定番の料理がそこかしこに並べられている。

「あたしが作ったんだよ」自慢げなカナタ。
トワはにっこり。「カナタさんは料理がうまいんですよ」
「レシピ通りに作ってるだけだよ」とカナタ。「お母さんほどじゃないよ」
トワは苦笑いする。
料理の周りには桜の花びらが散らばり、意図せぬ彩りを添えていた。

「ところで、急に花見ってどういうつもりなんだ」とリカ。
「どういうつもりって、別になんともないけど」軽く答えるカナタ。「花見するのに理由が必要?」
「いや、別に……」困るリカ。

「おかしいなぁと思って。エレメント集め以外で会わないなんて」
平然と言うカナタに、マリはなぜか安心した。自分抜きで会ったりしてないんだな。

カナタは大きなボトルの麦茶を持って、マリのところに置いてあったコップを取り、注ぐ。
「ほらほら、飲みな」

「あ、ありがとう……」

全員の飲み物がそろったところで、皆で一斉に……。「乾杯!」

全員で麦茶を飲み干す。
「あー」喉を震わせるカナタ。

「結構散っちゃってますね、桜」トワは言った。
「温暖化がなぁ」とリカ。「このままだと咲かなくなるとも言われている」
頬を膨らませるカナタ。「もー、そんなことばっかり」

トワはちょっと、難しい顔をして座っていた。

「……」気まずい沈黙が流れる。
共通の話題……いや、あるんだけど。でも今は。

「……全部振り出しに戻ってしまったので……」

トワが何かを言いかけると、マリは思わずバッと立ち上がる。

「マリりん? どした?」

マリは我に返る。「あ……えっと……」

そのときマリは、遠くの方に一瞬、光を見た。

「……雷鳴ってる?」とマリ。
「いや、聞こえなかったけどな」とリカ。

かなり遠くなのに、まだ昼間なのに、白い閃光がはっきりと。しかも、いつもの「あの場所」からだった。

マリは思わず駆け出す。

「あ、ちょっと待って!」
カナタは急いで箸を置き、追いかける。他の2人も遅れてついてくる。

マリは夢中だった。自分でもなんだかわからなかった。ただ走った。

星の見えるベンチを超え、

草をかき分け、木々をくぐり抜け、

木々の間の開けた場所で……

マリは、視界が一面ピンクに包まれた。

「マリりん!」

何が起こったのかわからなかった。何かパラパラしたものが、空から振ってきたような気がした。それも、大量の。

それが桜の花びらだと気がつく前に、強い風がそれを吹き飛ばし、視界から消えた。

……代わりに、硫黄の臭いと、ピンクの水が辺り一面を覆い尽くしていた。

「な、なにここ……」

マリたちは、ピンクの水が延々と広がる中の、平らな砂の無人島に立っていた。

カナタは、水を少し指につけて舐めた。
「しょっぱ!」顔がシワシワになるカナタ。「ここ、海?」

「もしくは、湖だな」とリカ。

トワが言う。「まさか、誰かが力を使ったんでしょうか……」
「え、トワっちじゃないの!?」
「いや……私ではありません」

「いったい誰が……」

するとマリは、周囲にひらひらと花びらが舞っているのに気づいた。

「桜の木なんてないけど……」困惑するカナタ。
「いや違う……」とリカ。「昇ってるのか!?」

リカの言うとおり、花びらは降ってきているのではなく、旋回しながら天へと「落ちていた」。

そこで上を見上げると、そこには、見覚えのある白い強化スーツを着た人物がいた。

「あなたは……」トワが言いかける。そのとき、マリは自分の身体が浮き上がり始めるのを感じた。

「わわわっ」

宙に浮くのには少し慣れていたマリにとっても、いつもと少し違う感覚だった。いつもは下から押し上げられている感じだったが、今回は、上から引っ張られている。まるで、空に落ちていくかのようだった。

やがて、白スーツと同じ高さまで「落ちて」、止まった。その一瞬、マリは強い風を感じた。思わず目を閉じる。

再び目を開けたとき、白スーツは、花びらに包まれて浮かんでいた。髪形はポニーテールで、口元を硬質なマスクのようなもので隠している。よく見ると、周囲の花びらはゆがんで見える。

彼女は言う。

「私はアビス。重力を司る者」

(続く)