馬鹿げた話。
この世界の振る舞いを考えるとき、モデル化ということがよく行われる。特に数理モデルは、現象を数式で表現して、現象を理解したり、何が起きるかを予言したりすることができる。このようなモデル化は自然科学や工学などのあらゆる場面で行われる。
だが、モデルには常に限界がある。モデルは常に本質の近似でしかないからだ。そのような場合は、また新たな改良されたモデルが提案され、使用されることになる。
ところで、近年主流のAIは、ニューラルネットワークという技術によって支えられている。ニューラルネットワークは、脳の神経系をモデル化したものであり、十分複雑にすれば任意の関数を表現しうることが証明されている(Universal Approximation Theorem)。簡単に言えば、この世のあらゆる「何かを入力すると、何かが出力されるという関係(関数)」を、ニューラルネットワークは、理論上はそれらを全て再現できるというのである。
ここで、数理モデルも関数の形で表される(表すことができる)ものが多い。ということは、数理モデルをニューラルネットワークに置き換えることもできるということだ。実際にそうして今までなし得なかったことを実現している研究は多くある。
だが、ニューラルネットワークにも弱点がある。ニューラルネットワークは、関数を学習するために大量の学習データを必要とする。それが足りなかったり偏っていたりすると、正しく学習できない。100%完全な学習データというのはないので、100%完全なニューラルネットワークもない。関数がシンプルな場合は完璧にうまくいくこともあるが、近年使われるような複雑なものではそうもいかない。
つまり、ニューラルネットワークもまた本質の近似でしかない。それは普通、それ自体本質の近似にすぎない数理モデルよりも、もっと不確実なものとみなされる。
では、実世界はいったいどのような仕組みによって動いているのだろうか? 科学法則というのは人間が世界を理解しやすいように作っただけであって、それが「本質」なのかどうかはわからない。わからないし、それについて考えることは科学の枠組みの外側にあるとみなされる。科学がするのは、モデルを修正し、また新たなモデルを作ることだけだ。
ここからが妄想です。
通常、科学法則や数理モデルこそが「本質」で、ニューラルネットワークはその近似にすぎない、という見方をされることが多い。
けれども、実は、この世を支配する諸法則、それらすべてが、ニューラルネットワークの形で動いていたとしたら? つまり、ニューラルネットワークこそが「本質」で、科学法則や数理モデルのほうが近似なのではないか……。
この世界には、我々には見えない「何らかのネットワーク」が存在していて、それが導き出す答えによって世界は動いているのかもしれない。それを科学者が見たときに、数式で動いている! と考えるのだ。けれども実際そこにあるのは1つのモンスターCPUではなくて、巨大なネットワークなのである、と。
突飛すぎる話かもしれないが、電子的ではないニューラルネットワークがこの世に存在するのは確かだ。それは脳である。ニューラルネットワークは脳にインスパイアされたのだから当たり前ではあるが。
同じように、世界のいたるところに何らかのネットワークが張り巡らされていて、何らかの仕組みでそれらが反応してこの世界の現象を作り上げているのではないか。
もしこんなことが実際に示されてしまったらどうだろうか。哲学者や小説家は、この世界はコンピューターシミュレーションではなかったと悟って喜ぶだろうか。あるいはもっと高度なシミュレーションだったと絶望するだろうか。科学者はその裏にある理論を解明するだろうか。でもその理論すらもニューラルネットワークなのかもしれない。ニューラルネットはブラックボックスである以上解析は難しいだろう。現実的には、「数式の世界で十分なのだから考える必要がない」で片づけられそうである。
これ以上踏み込んで考えると、ネットワークに殺されてしまうかもしれないので、ここで一旦やめることにしよう。この話が完全なるデタラメである可能性は高いが、フィクションのネタとしては悪くないかもしれない。その時は私の脳のニューラルネットで考えて、手の筋肉をニューラルネットで動かして、キーボードからニューラルネットで信号を伝え、パソコンに打鍵することにしよう。