【小説】幸せ売りの少女


どこかの国の12月。寒空の下、マッチを売る少女がいました。すべて売れるまで帰ることはできません。もし勝手に帰ったら、主人が家に殴り込みに来るかもしれないからです。

カゴいっぱいに入ったマッチ。しかし、12月の忙しい時期に、誰もそんなものを買う人は居ませんでした。少女はしばらく売り込みを続けましたが、やがて寒さに耐えきれなくなって、座り込んでしまいました。

少女は途方に暮れました。このままだと凍え死んでしまう。売り物ですがしかたありません。暖を取るため、少女はマッチを擦りました。すると、目の前に暖かそうなストーブが現れたではありませんか。氷のように冷たくなった指先が、融けるように暖かくなっていきます。と思ったら、ストーブは消えて、マッチの燃えカスだけが残りました。

少女は次のマッチをつけました。すると目の前に豪華な料理が現れました。食べようとするとまた消えました。またマッチをつけると、クリスマスツリーが現れました。これもすぐに消えました。

その時、流れ星が見えました。「誰かが死んでいる」少女はそう思いました。おばあちゃんは流れ星を見るたび、いつもそう言っていました。いまは亡くなってしまいましたが、少女に優しくしてくれた唯一の人でした。おばあちゃんにまた会いたい。そう思い、少女はマッチをつけました。すると、目の前におばあさんが現れました。

しかしそのおばあさんは、少女のまったく見知らぬ人でした。

彼女はいかにも慣れた感じで少女に問いかけました。「マッチをひとつくれないかしら」

老婆はマッチを受け取ると、金貨を少女に手渡しました。初めて見る金貨です。マッチがそんなに高いだなんて不思議でした。少女は知りませんでしたが、実は、これはただのマッチではありませんでした。そのマッチは擦ると幻覚作用・多幸感のある煙を放出するものでした。少女はそんなことにも気づかず、健気にマッチを売っていました。そして、老婆は満足げに帰っていきました。

それから、何人かマッチを買っていく者がありました。少女は安心しました。しかし、最後に鋭い目の男がやってきて、カゴを奪い去り、マッチを全て持っていってしまいました。幸い、金貨は無事でした。

少女は目の前の金貨の重みに震えました。これを持って帰ったら、さっき夢見たような暖かいストーブと、豪華な料理が食べられるかもしれない。でも、勝手に持って帰ったら主人にどんな目にあわされるかわからない。少女は健気にも主人の元に全額持っていきました。

少女が金貨を差し出すと、金貨が少ないことを怪しまれました。少女がマッチを盗まれたことを告げると、主人は少女を殴りました。そして、金貨はすべて主人に持っていかれました。「報酬は後日払う」と言われ、その日は一銭も手にできませんでした。

少女は幼くしてお父さんを亡くし、お母さんは廃人同様になっていて、学校にも行かずに稼がなくてはなりませんでした。危なくて安い仕事をたくさんやってきた中で、このマッチを売る仕事は、比較的に安全でしかもとんでもなく高い給料がもらえるということで始めたのです。しかし、いまだに一度も給料は貰えていませんでした。

ある夜、少女はまたマッチを売っていました。するとやけに興奮した若者たちが近づいてきました。そして、少女に飛びかかろうとします。すると、一人の青年が近づいてきて、少女を体で庇いました。青年は若者たちに「何をやってるんだ」と叫び、追い払いました。

少女は青年に何度もお礼を言いました。青年は当然のことというふうに言いました。青年は実業家であると名乗りました。少女はじつぎょうかという言葉の意味は分かりませんでしたが、たくさんお金を持っていて自分のことを助けてくれるのだと思いました。

青年は言いました。「君のマッチが、今の10倍は売れる方法を教えてあげるよ」

青年はいくつかのアドバイスをしました。少女は素直に青年のアドバイスを実行しました。一部は効果があり、それ以外は効果がありませんでした。売り上げは少し増えました。増えたことで、主人は少女を褒めました。しかし結局、金貨は主人が全て取りました。

大晦日の夜、少女はまたマッチを売っていました。今度は「お試しとして無料で配る」というアドバイスを実践しました。一つ、また一つと無料で配りました。面白いほどにもらってくれました。もらってくれるのがうれしくて、つい配りすぎてしまいました。気がついた頃にはもう3つしか残っていません。そのあとは、一つも売れませんでした。

そこに、帽子を被った男の人たちが近づいてきました。彼らは言いました。「このマッチはね、売っちゃダメなものなんだよ。おじさんたちについてきて」

こうして、違法なマッチを配っているという噂を聞きつけた警察が、少女を保護しました。それから裁判があって、少女は悪いことをした子供たちが集まる場所に入ることになりました。

そこでは、毎日ごはんを食べられて、毎日暖かい布団で眠ることができました。しかしその代わり、毎朝早く起きて、毎日寒空の下で走らなければなりません。大きな声が出せないと、先生に怒鳴られます。部屋に戻ると、同じくらいの子にを隠されたりして宿題ができず、また先生に怒鳴られます。

先生は繰り返し言いました。「正しい考えを持てば幸せになれる」と。しかし少女には、幸せとは何なのか、正しい考えとは何なのか、それがここにあるのかも、よくわかりませんでした。少女はいつもひとりでした。

数年もしないうちに、少女は外の世界に放り出されました。お母さんはもう家にいませんでした。少女はひとりだったので、生きるために働かなくてはなりませんでした。また、危なくて安い仕事をたくさんしました。ある日、玄関の外から聞き覚えのある男の声が聞こえました。

どこかの国の12月。寒空の下、マッチを売る少女がいました。すべて売れるまで帰ることはできません。もし勝手に帰ったら、主人が家に殴り込みに来るかもしれないからです。

マッチはひとつも売れず、途方に暮れた少女は、売り物のマッチをひとつ手に取りました。実は、これはただのマッチではありませんでした。そのマッチは擦ると幻覚作用のある煙を放出するものでした。この幻覚は、その人が思い描く最大の幸せを映し出すのだと言います。

少女はマッチをつけました。マッチから出てくる煙を吸いました。少女は待ちました。しかし、ついぞ何も見えることはありませんでした。