疎外感


その日はいつもと変わらない平凡な一日だった。それが一年の最後の日である点を除けば。世間はすっかり年末ムードで、一家団欒だの年越しデートだのというところだろう。もっとも家にテレビもなければネットニュースも見ないので本当のところは知る由もないが。

夜は更けていき、年明けが迫る。そんな時分で、青年はただパソコンに向かう。やることもなく、何かにすがるように、それでいて何らの救いも希望していないかのように。

そこで青年が始めたのは、お気に入りのアニメを見ることだった。青年はアニメはそんなに見る方ではなかったが、そのアニメだけはディスクがすり減るほど、何周も何周も繰り返し見ていた。かと言って熱狂しているわけでもなく、実際のところもはや喜びを得る手段がそれしかないに過ぎなかった。無論最初の頃はそのような熱狂はいくらかあった。だが頭から最後まで順番に見るようなポリシーはとっくに崩れ去り、気に入った部分だけを何回も繰り返し見るようになっていた。

彼はいつの間にか、こたつのある小さな和室にいた。昔ながらのお茶の間で、どこか懐かしさを覚えるような、どこか見覚えのあるような、しかし来たことのない場所。 「おばあちゃんの家だ」 直観でそう思った。冷静に考えてみると青年の祖母の家とは全然違ったが、そうとしか思えなかったのである。

次に目を開けた時には、これも見覚えのある少女たちが5人、こたつを囲んでいた。あのアニメの登場人物たちである。

「年末なんだからさー、冒険とかいいじゃん」
黄色い髪をした少女が、肘をついて寝そべりながらやる気なさそうに言う。
「それもそうだな……」
青い髪をした少女が言った。

こたつには、ご丁寧にも青年が入る隙間があった。青年は何とも思わぬままその隙間に入り、温まる。

「それで、門松ってなんのためにあるの?」
黄色い髪の少女が言った。
「そこに神が宿るんだってさ」
紫色の髪の少女が答える。
「でもさでもさ、あんなとがってたら刺さっちゃうんじゃない?」
「神なんだからなんかすごい力でどうにかするんでしょ」と青い髪の少女。
「隊長みたいな力でね」黒い髪の少女は紫色の髪の少女を見て言う。
「というかそもそも、竹じゃんあれ。松ちょっとしかないじゃん」

平穏。こんな気分になったのはいつぶりだろうか。青年は少女たちの他愛ない会話に参加しているような錯覚を味わいながら、実際は一言も発してはいなかった。

無限とも思える時間の中で、彼はふとトイレに立った。和室に戻る途中聞こえてきた会話は、これまでとは180度異なるものだった。

「あの男何?」
「急に入ってきて、何か喋るわけでもなく」
「ずっとニヤニヤしてて気持ち悪い」
「ちょっとなさすぎる」
「自分のこと頭いいって思ってそう」
「モテ要素があまりにも皆無」

部屋に戻ると、少女たちが一斉に青年の方を見る。皆、ひきつった笑顔をしていた。彼女たちが青年のことを見たのはそれが初めてだった。

青年はだんだんといたたまれない気持ちになってきた。そして、衝動のままに一番近くにいたピンク髪の少女を突き飛ばした。周囲は当然ながら騒然となった。

青年は大声で藁ながら、仰向けになった彼女の頭を両手で保持し、地面に叩きつけた。何度も、何度も、何度も、何度も。少女の抵抗する力は、徐々に弱まり、その目からは光が消え失せていく。鈍い打撃音が響くたびに、青年は何か目が覚めていくような感覚を覚えた。

そして青年は、自分が叩きつけていたのは実際には枕であることに気づいた。全部夢だったんだ。

悪い夢だった。こんなことは忘れるべきだ。これまで惰性で見続けてきたアニメも、もう見ないことにした。そして、何か有意義なことをしよう。

青年は、昔やっていたギターをもう一度始めてみることにした。だがすぐに、ギターは実家に置いてきたことに気づいた。今から買おうったて、そんなお金があるはずもない。実家に戻ることもできない。青年は両親も含め、すべてのつながりを絶っていたのだった。

また、手持ち無沙汰になった。そして青年は、またあのアニメを再生する。